英語学概論 1

石川 潔

1. 概論文献

2. なぜメキシカンと言って通じない?

Mexican: [] (ジーニアス)

様々な発音記号;辞書によって違う

e.g.
(American Heritage Dictionary)

IPA: make-up []

---> speak [] スピー, cry [] ライ

2.1 なぜ Mexican では「キ」になってしまうのか?

cf. cake 「ケーキ」、make-up 「メイキャップ」

---> では、日本語では(日本人は)どうやって「キ」「ク」 をききわけているのか?

---> 「キ」「ク」は、V も違うが、実は k という C も 違う ---> 調音点が前か後ろか:「イ」は前、 「ウ」は後ろ;同化=責任転嫁の論理 :-)

これが「きし」「くし」となると、実は違いは k だけ;V は きこえない

どういう時に「キ」「ク」の後の母音が消えるのか?

--> 無声音(より正確には無声部分)に挟まれると「イ」「ウ」も無声化 し、ひいては消えてしまう (e.g.「です」)

ということは、英語の [] の k も、調音点が前寄りなので はないか? --> YES; [e] に同化

英語では、前寄りの k と後ろ寄りの k との間の違いが重要でない。 しかし、日本語話者はその違いをききわけ、それで「キ」と「ク」と を区別している *本当は違う音

i.e. 彼らがききとれない違いを我々はききわけている(本来ない V を「復元」している)

==> ということは

同じ k でも前寄りと後ろ寄りがあるとかいうけれど、 ということは、物理的には2種類の音ということ?

e.g. 「ん」 [N]

千倍 千台 千軒 千円 品位 弾圧
[] [] [] [] [] []

千倍、千台、千軒:後ろの C に同化

千円、品位、弾圧:後ろの V に同化

英語の話:

 
     (1) a. speak 
         b. *sbeak 
     (2) a. peak <-- [] 
         b. beak <-- [] 
音的(物理的)には実は (1a) の p は [b]; opposition がない

phoneme allophone

[][] は phoneme /p/ の allophones; 前寄りの k や後ろ寄りの k は phoneme /k/ の allophones.

どういう音素 (phoneme) があって、それにどういう異音 (allophone) があるかは、言語ごとに異なる。

どういう時に /p/ --> []

stress の位置の表記が American Heritage Dictionary や IPA で V の上にないのはなぜ?
McDonald    strike (1) 
            ストライク (5) 

syllable

onset nuclues coda

なお、書き言葉の hyphenation と一致するとは限らない

e.g. sym-boli-cal, mono-chrome, inter-na-tion-al

--->syllable の分け方:phonotactics
 
     (3) a. pin 
         b. spin 
syllable-initial の /p/ --> []

propose で2番目の p も aspirate されるから、prop-ose でなくて pro-pose

同様に

 
     (4) a. top 
         b. stop 

     (5) a. A[t?]lantic 
	 b. a[th]trocious 
[tl] is not a possible syllable onset, but [tr] is (Kenstowicz 1994: 251)
 
     (6) a. rhythm 
         b. rhyth.m 
         c. rhy.th m 
(6b): syllabic m

(6c): epenthesis による の挿入

[] は possible coda でない

このような場合には

 
     1) V の挿入 (epenthesis) 
     2) C の削除 
の2通りの対策が可能;この場合には 1)

epenthesis の証拠: rhythmic

一方、damn の場合には 2);

dam.n

underlying /n/ の証拠: dam.nation

2.2 で、「メキシカン」はどうなった?

Mexican: [] (ジーニアス)

[][] と発 音してしまうのは、日本語の音韻規則:

// --> []/___

のせい。k の後に母音を入れてしまうのは、日本語の syllable-structure のせい。でも、その一方で、前寄りの k と 後ろ寄りの k の違いは英語話者はききわけられないというのだから、 ある意味ではどっちでもいい。では何が悪い?

 
  (7) Most people bridge _____ gap; you bridge five, six gaps. 

弱形 vs. 強形: can/can't, a/the

再強勢形 : does, [] <-- []

schwa () & stress

なぜ U.S.A. を「米国」と言うのか?

「亜米利加」でなくて「米利堅(メリケン)」 (=Amrican) から

高島俊男「お言葉ですが...」週刊文春8月28日号、1997、pp. 110--111.
cf. v[ ]icle --> ve[h]cular
(unstressed non-initial syllable の h が消える; Kenstowicz, p. 48)
cf. mem[ ]ry (ibid.), 'bout
cf. I've, met'm
cf. Tnnesse / Tnnesse State (Kenstowicz, p. 48)
cf. Jpanse / Jpanse bys (ライトハウス)
cf. ふとん [ftn] vs. [utoN]
cf. hve to d it [hftdt]
cf. リズム -> ラップ@Fulbright Orientation

3. 長短その他、応用編(?)

 
     森さん vs. 毛利さん 
     おばさん vs. おばーさん 
     [i] vs. [i] 

     釣りが趣味です vs. スリが趣味です 
     (cf. 中島 & 外池 1994: 79--80) 

mora vs. syllable

学校 ga.k.ko.o gak.ko
みかん mi.ka.n i.kan
ロンドン ro.n.do.n ron.don
mora-based syllable-based

例その1:あだ名

ayako --> aya-tyan

kazuhiko --> kazu-, *kazuhi-, *ka-, kat-tyan

hiroko --> hii-tyan

satiko --> sat-tyan

例その2:外来語の clipping

ワープロ、パソコン

4. 認知科学的捉え方/脳研究とのつながり

音韻規則は、音の解釈規則であり、発音規則。

母語の音韻規則に従って、外国語もききとろうとする。

実は音声的なききわけ能力は退化しない;むしろ、外国語の音の ききわけが出来ないのは、母語の音韻規則に従って音声解釈をする ため。

日本人の子供は、6〜8ヶ月時には l と r のききわけが出来るが、 10〜12ヶ月時には出来なくなっている (Werker 1995: 92)。しかし、 これは耳が悪くなるという話ではなく、母語の干渉 (ibid: 96)。

click のききわけ

左脳障害時に l と r の区別が出来るようになる(英語学会97のおみやげ 話)。 ==> つまり、「耳をよくする」のではなくて、いわば「頭を悪く する」のだ!!

参考文献