<第9回「イギリスと環境」研究PJ研究会>             2003/03/01

英国・ロンドンの社会教育・生涯教育

−博物館・大学公開講座・WEa・教会・図書館などを比較して−

                                                N i l e

Abstract

 英国およびロンドンの社会教育や生涯教育についてまとめた。その結果、歴史の古さとともに、驚くべき多様性が明確となった。学校教育における問題点が多く指摘されるようになっている英国であるが、こと社会教育・生涯教育に関しては、何歩も世界の先を歩いているように思える。ロンドン自体が世界のアダルトスクールともいえるほどの充実度で、カルチャースクール花盛りの日本でも、まだまだ学ぶべき点は多い。

 特に、種類の異なる生涯教育の機関が相互に連携を取り合っている点や、地域コミィニティの中での教育・学習機会の充実度には多くの学ぶべき点がある。継続して比較調査しながら、日本独自の生涯学習のあり方を模索することが必要である。

Key Words ; 英国、ロンドン、社会教育、博物館、オープンカレッジ、WEa、教会

1.はじめに

 北欧ほどではないにしても、社会保障や公共システムが充実している英国では、低賃金なのに物価や税金が高く、生活自体は苦しいものの、知的好奇心に関しては、無料のものを含め、驚くほど低価格で様々な学習機会が提供されている。

 代表的な例が博物館で、大英博物館や自然史博物館を始め、ほとんどが無料で開放されている。また、大学の公開講座なども多く、成人教育に特化したようなコースもいくつか見受けられる。さらに、2003年に百周年を迎えたWEa(Worker Education Association)に代表されるような歴史ある生涯教育の機関があると同時に、博物館や大学との連携も取られている。

 また、地域によっては、さらに学習機会を広げ、深めるような学術・教育団体なども存在し、効果的に機能している。

 一方、地域ごとに教会や図書館で開かれている無料の講座も、乳幼児を抱える主婦を中心に、重要な役割を果たしている。

 以上についての概略を示し、日英の比較から、日本の生涯学習の将来の方向性に関して考察する。

2.博物館の役割

ロンドンでは、かつて入館料を取っていた博物館も、現在、常設展示に関してはほとんど無料となっている。従って、ロンドンに住んでさえいれば、とても一日では回りきれない大英博物館や自然史博物館に何回でも通うことができるし、科学博物館の展示に子どもが夢中になったとしても、心おきなく毎週でも通うことが可能なのである。

 ノーベル賞学者の数を数えるまでもなく、世界に誇る英国の学術分野での輝かしい実績は、オックスブリッジなどの大学教育以前に、幼少時から身近なものとなっている博物館の影響が大きいことは間違いないだろう。

 しかも、多くの博物館には、公開講座など様々な学習の機会が用意されており、中には大学と提携して単位が取得できるものさえある。

 自然史博物館の公開講座に実際に参加した印象では、若者から白髪の老人(80歳を越える)まで、受講生の熱心さと豊富な知識(講師はもちろん、すばらしい質問やコメントをする受講生の!)には、本当に圧倒された。それはもう、幼少の頃に植え付けられた興味の延長線上・発展型であるとしか思えない。これは、世界の博物館といわれる英国ならではの状況かも知れないが、日本でも努力次第である程度は可能なこととも思え、その努力の方向性を真剣に議論する必要があると思われる。

3.大学の公開講座など

 世界中から学生が集まるロンドンでは、フルタイムの学生ばかりでなく、パートタイムの学生に対する授業が著しく多い。言語・芸術系をはじめとして、実に様々な科目を受講することが可能であるが、それらはまた、社会人にも開放されている。特にeveningクラスは社会人の受講を前提に考えてあるようで、短・中・長期と多様なコースが開設されている。毎年発行されているFloodlightHotcourcesには、それらのほとんどが網羅されているが、現在では、インターネットでも検索・比較できるようになっている(NOCNなど)。また、それらの各大学の状況をチェックする機関(QAAなど)もあり、自分が選んだコースに対しての信頼度を受講前に確認できるシステムがすでに存在する。

 ロンドンでは、Westminster大学やLondon大学Birkbeck校などが公開講座や生涯教育に力を入れており、特に後者は、博物館やWEaなどとも連携を取った様々なコースを開設していて、もっとも良く知られている。

 また、Distance LearningHome Studyのためには、日本の放送大学にあたるようなThe Open University The National Home Study Collegeがあると同時に、各大学にも専用のプログラムが設けられているところも多い(University of LondonThe City Collegeなど)

4.百年の歴史を誇るWEa (Worker's Educational Association

英国の生涯教育を語るとき、忘れることができないのがWEaである。2003年は、ちょうど1903年にAlbert MansbridgeWEa を設立してから百年目の年にあたるため、3月から6月にかけて多くのCentenary Eventsが予定されており、その歴史を振り返るにはいい機会である。

 現在では、英国内に650を越えるBranchを持ち、16,500人以上(2002年現在)の受講生を持つWEaには、1300以上のコースがあり、すでに通算11万人以上が受講したそうである。

 特にロンドンでは、複数の大学や博物館が協力しているため、その内容は多岐に富むと同時にレベルが高く、それぞれのBranch毎に特徴を持ったコースが設置されている。

 運営は、各コースの責任者であるTutorが中心となって行っているが、継続受講の生徒とともに次年度のコーステーマを設定しているような面もあり、各Branchの特徴が出されると同時に、継続性が保たれている。

 コースの雰囲気は、Tutorと講師によると思われるが、私の参加した2つのコースのいずれも、和気藹々とした感じで、毎回のティタイムも楽しみな時間であった。

5.地域の学術団体

 WEaBranchがあるような地域には、様々な学術団体(例えば、FinchleyAmateur Geological Society HampsteadHampstead Scientific Society- 1899年設立など)のようなものがあり、それぞれ定期的な活動(月1回のLecture Meetingが一般的)を行っている。

 氷期堆積物の末端に位置することで知られるFinchleyでは、例年WEaでもGeologyのコースが開設されているが、受講生の多くがAGSにも属している上、Lecture Meeting との連携も取られており、いずれかに参加すると、もう一方の情報も提供される形で、それぞれ効率的に運営されている。特に、継続していくと、Tutorや事務局との議論の中で、次の年度のコース内容にもコミットできるようなシステムとなっており、継続・発展的に生涯学習を支えるすばらしい仕組みである。

 これらの団体は、イベントなど(例えば、AGSではFossil Bazaar , HSSでは、週末の天文台開放など)により一般市民にも情報発信を続けており、それらも重要な要素となっている。

6.地域の教会や図書館の活用

上記のような学習機会は、若者からお年寄りまで、実に多くの世代に対して開放されているが、唯一その恩恵を受けることが困難と思われる若い主婦層に対しては、また別のシステムが機能している。

 その一つは、地域の至る所にある様々な教会が、それぞれ独自に開いているボランティアのクラスである。調理・英会話・手芸など多彩な内容で、幼児を抱える母親向けに、子どもを遊ばせながら学べるクラスも設置されているなど、主婦にとってはかけがえのない学習機会である。無料であることが何よりもすばらしいが、クラスでのつきあいを通じて地域コミュニティにとけ込みやすいシステムができている(妻より)。

 また、図書館も重要な地域コミュニティの中心となっており、転居後必要な情報の多く(GP:General Practitioner=地域診療所のようなもの−の登録用紙など)が入手できる上、小学校と連携した読み聞かせ教室(希望者は学校を休んで親子で参加できる)など、多彩な催しを行っている。日本の都会にある児童館も、児童を抱える家庭にとってなくてはならない存在ではあるが、親の学習機会までは念頭においておらず、仕事を持たない主婦に取っては、健全な社会活動や学習の場が極端に少ないように思えてならない。

 こうしたシステムが有効に機能する限り、日本でよく見かけられるようになった育児ノイローゼなどの問題は解消されるのではないだろうか?英国の状況をさらに調べた上で、日本に摘要可能かどうか急ぎ検討すべきことだと思う。

7.おわりに

 生涯教育としての近代的な制度は、日本にも放送大学・通信教育・エクステンションスクール・カルチャースクールなどすでに同様のものが多くあるので、それらの連携に一工夫を加えると、英国と同様もしくは独自の特徴を持ったシステムを作ることも十分可能だと思える。

 ただし、地域コミュニティの中での教育・学習機会となると、失われた地域コミィニティそのものを再構築することは困難で、何らかの新たな「場」の創造が必要かも知れない。そうした日本の将来の生涯教育・学習のあり方を考える上でも、英国の状況をさらに調査しつつ考察を加えることが必要であろう。

 在外研究の1年間、限られた期間ではあるが、実に多くの生涯学習の場に身を置き、たくさんのことを知ることができた。これもFinchleyという地域に、家族全員で住んだが故に経験できたことであり、在外研究の方法についての選択に誤りがなかったことと、その限られた機会を最大限に活かすことができたことに満足している。

 しかし、この稿だけでは十分まとめきることはできないため、さらに詳細を調査した上で、改めて本格的な論文を書いてみたい。

文  献

WEa(2002): WEa Courses for Adults - Barnet(including Muswell Hilll)Area Branches-2002/2003.
The Association of London Government on behalf of the inner London boroughs and theCorporation of London(2002): Floodlight - The official guide to part-time day and eveningclasses in Greater London 2002-03.
Hotcourses Ltd(2002): hotcourses - North London edition - June-July 2002.
School of Earth Sciences, Birkbeck, University of London(2002): Geology at Birkbeck- Cource programmes by eveningstudy and distance learning.
AGS(2002): Amateur Geological Society Programme 2002.
HSS(2002): Hampstead Scientific Society Programme for 2002-2003
The Natural History Museum(2002): Courses and events For Adults 02 Autumn-03 Spring.
The Natural History Museum(2002): Special field study tours 2003.