<第11回「イギリスと環境」研究PJミーティング> 2003-3-15
Richmond
英国の北海油田と環境保護
“英国発”環境問題への新しい取り組み方
Abstract
北海における油田発見は、小規模ながら80年代の英国と世界のエネルギー供給問題に明るい話題を提供した。ところが90年頃から、不要になった掘削施設の処理が及ぼす北海の環境への問題が浮上した。このレポートでは、90年代半ばに実際に起きた事例のひとつを中心に、今英国で注目されつつある企業・政府・環境保護団体が一体となった新しい環境問題の解決のアプローチ方法を報告する。
Keywords: 北海油田, 掘削施設の廃棄, Brent Spar, The Environment Council, 調停による解決
1 はじめに(地理的背景と油田開発の歴史)
北海(the North Sea)は、グレートブリテン島・スカンジナビア半島・ユトランド半島の間の約57万5千平方kmの海域のことで、ノルウェー周辺を除くほとんどが水深200m以下の大陸棚でできている。ドッガーバンクなどの浅堆もあり、タラ、ニシン、カレイ等の獲れる豊かな漁場として知られている。
この海域で油田の掘削が本格的に始まったのは1960年代で、メキシコ湾や中東など他の海中油田と比較して気象の変化が激しく波が荒いこの地域での作業は大変困難で費用のかかるものであったが、イギリス領海では1969年12月のモントローズ油田の発見を皮切りに、フォーティーズ、ブレント、ニニアンなど大型のフィールドが発見され、次第に依存度が増していった。1998年までに約220の原油とガスの掘削施設と約5,000qに及ぶパイプラインが英国領海内で設置されており、ノルウェー、デンマーク等他の国々の施設を足すと北海全体ではおよそこの倍の数になる。(図1)この思いもかけなかった油田発見は、75年まで輸入に頼っていた英国内での需要を80年頃には十分満たせるようになり、それ以降英国はエネルギー輸出国に転じている。
2 施設の概要
ここで簡単に施設の構造、廃棄の方法、関連する法令についてごく簡単に述べておく。
@ 種類と材料
掘削施設の形状は、海上に浮かべた設備を錨のようなもので固定するタイプから始まり、海底に脚を伸ばした形でプラットフォームを支える(Tension Leg)方法などを経て、現在は海底に固定する形状のもの(Fixed Platforms)がほとんどを占める。技術の進歩と共に、より深い所や気象条件の厳しい所での掘削が可能になり、現在も新しい場所の積極的な開発が行なわれている。(図2, 3)
現在英国領海で使用されている施設は、大まかに言うと、土台の部分が巨大なコンクリートで出来ているグラヴィティタイプと、鉄製の杭を組んだパイルサポートジャケットの2種類である。重量は軽いもので5,000トン、重いもので20万トンを超えるという。(ノルウェー領海には100万トン級の施設もあるという。)この上にクレーン、ヘリポート、作業員の居住施設などが作られる。このエリアにはガラスを始め様々な材料が含まれる。
A 廃棄の方法
老朽化や採掘場所の移動などの理由で不要になった施設は撤去されなければならない。初期の古いタイプのものは採掘口を塞ぎ海底を清掃するだけでよかったが、設備の規模が大きくなるにつれて、巨大な土台部分の撤去・処分が課題の中心になってきた。様々な方法があるが、完全撤去はその一部でしかない。(図4)
B 廃棄に関する条例
北海での油田開発のスタートと共に、施設の廃棄に関連する条例も作成されてきた。早いものでは1958年のGeneva
Conventionにおいて「全ての掘削施設は完全に撤去し、海洋の環境を元の状態に戻すこと」という内容が明記されていた。ところがその後のUnited Nations Law of the Sea
Convention とIMO Guideline から、「部分的な撤去」を認める内容が導入されている。
1987年のPetroleum
Act では、英国領海内においては企業が廃棄計画をDTI (Department of Trade and Industry)
の Abandonment Unit in the Oil and Gas Division
(在アバディーン)に提出し承認を得なければならないとしている。つまり政府としては、企業から提出された廃棄計画書を複数の法令に照らし合わせ、条件が満たされていれば完全撤去以外の方法も承認する、という姿勢になったのである。この法令には;
Safety Case under the Offshore Installations (Safety Case) Regulations
(1992), Coast Protection Act (1949), Environmental Protection Act (1990), Food
and Environment Protection Act (1985), Radioactive Substances Act (1993) などがある。
3 環境問題の始まり
元々北海での油田開発の始まりと共に船舶や油田からの重油流出による環境への影響は発生していたが、それらは海洋汚染のほんの一部と推測されていた。環境問題として一般に議論されるようになったのは、掘削施設の処理が問題になり出した時点が本格的な始まりであるといえる。
当初の頃の処理対象となった施設は2−Aで述べた通り古いタイプであったため、解体・撤去が比較的容易であった。DTI(The Department of Trade and Industry)の資料によれば、1996年までに19施設が処理の対象となったが、その中の6ヶ所は平均500万ポンドの経費で撤去でき、9ヶ所は海底に固定するタイプであったが、それぞれ1000万ポンドの費用をかけてこれらも完全撤去され、いずれも環境への影響は報告されなかった。これ以降のものが比較的大型で、撤去作業が困難なタイプである。重すぎるコンクリートは船での牽引が不可能であるし、鉄の杭を切断して倒した場合水深55m以下でないといけないという規則や、元々資材に含まれていたり作業時に発生する有害物質など様々な海中汚染と環境への影響が考えられる。(表1)このタイプのひとつの例がブレント・スパーであった。
4 シェル石油とブレント・スパーの事例
ブレント・スパーは、1976年に完成されたシェル石油(Royal Dutch Shell)所有の施設で、海底109m、海上28mの高さ、鉄とコンクリートの総重量13,500トン、その上に1,000トンの付帯施設が搭載されていた。1991年10月、老朽化を理由に廃棄が決定、処理方法の検討が始まったが、1996年130トンもの毒物と放射性物質を含んだまま北の沿岸に沈めることを計画、これを英国政府が許可したことにグリーンピースが猛反発したのが発端となった。1994年既に貯蔵施設から石油は抜かれていたものの、設備の処理方法で折り合いがつかず、廃棄が発表されてから最終的に解決するまで1年以上を要した。 結局シェル石油は海中投棄をあきらめ、解体して別の目的に再利用することで合意、当初予定のコスト1億2千万円を大幅に上回る14億円の出費を強いられることになった。
5 英国における環境問題の解決方法
この時シェル石油と市民との間に入って問題解決に尽力したのがロンドンに本拠地を持つThe Environment CouncilというNGOである。シェル石油から相談を受けて、ロンドン、コペンハーゲン、ロッテルダムで幾度も専門家によるシンポジウムを持ち、6つの解決策を提案、その中からシェル石油が選択したのが「ノルウェーにあるフェリー用埠頭の基礎部分として再利用する」という方法で、1996年11月に始まり、最終決定をシェル石油が発表したのが98年1月、99年9月に最後のセミナーをもってこの議論は終結した。
これをきっかけに英国では、「地域レベルの環境問題のより迅速な解決には、専門家や様々な分野の人間を巻き込んだ話し合いによる調停が効果的である」という認識が高まりつつあるという。それまで余り注目されていなかったThe Environment Councilの活動も、これ以降注目されるようになり、原子力発電所跡地や海岸線の保護など、油田だけではなく幅広い環境問題の調停において実績を出している。
この一件はADR(裁判外紛争処理)といって裁判以外の方法で紛争を解決した好事例として、日本でも公害等調整委員会事務局審査官の西山氏が報告している。またこれは東大名誉教授の柳田博明氏がテクノデモクラシーという名称で推奨している考えにも関連するといえる。これは専門家の知識を市民のために生かそうという運動で、ブレント・スパーにおいて幅広い分野から呼ばれた専門家・研究者によるシンポジウムが最終的に紛争の和解に大きく貢献したことと関連する。The Environment Council が問題解決のために行なったのは反対キャンペーンではなく、企業・政府・市民の間に立った上で専門家の知識を投入した調停作業であった。
6 終わりに
今回の北海油田に関しては以前ニュースで映像を見たことがあった程度で、ほとんど予備知識がなかった上、話題が機械工学から英国の政治、法律まで広範囲に及んだため、かなり難しかった。もっと細かく明記すべきだった部分もあるかもしれないが、今回のまとめとして言えることは、ブレント・スパーの経験を一地域の環境問題として捉えるのではなく、これから様々な環境問題を解決していく際のひとつの例として広めていくと良いと思うことである。
企業が環境保護のためのコストを見込んだ経営をすることが理想的であるとは思うが、高くつくとわかっている方法を選択する企業はほとんどあり得ないであろう。逆に現状では企業イメージアップのために環境保護に関心があるという姿勢を見せているという企業との区別もつきにくい。日本でも研究者、公益団体の活躍を期待したい。
現在北海油田と関わっている日系企業は、新しく発見された油田の権益を取得した丸紅(2000年)や、プラットフォームの計装プロジェクトを受注した横河電気などがあるようだが、2007年以降、北海油田はますます廃棄対象の施設が増え、その廃棄費用は2011年にピークを迎えるようだ。(図5)その時になって紛争にならないよう、日本も少なからず関わっている以上、今からできることはないかと思う。
参考文献
Decommissioning Offshore Structures , D. G. Gorman and J. Neilson (editors), Springer, 1998.
Decommissioning of Offshore Oil and Gas Installation , The Institute of Marine Engineers and The University of Aberdeen, 1996.
An Introduction to Offshore Engineering ,Bentham Press, 1995.
North Sea Oil and The British Economy 1977-1985 , Colin Robinson and Jon Morgan, Staniland Hall, 1975.
ウェブサイト
シェル石油 http://www.shell.com
グリーンピース http://greenpeace.rog/homepage
The Environment Council http://the-envionment-council.org.uk/
公害等調整委員会事務局審査官 西崎裕氏のレポート http://www.soumu.go.jp
テクノデモクラシーを推奨する団体PORT http://network.co.uk/~techdemo/index.html