研究代表者
河内祥輔(法政大学国際日本学研究所客員所員〈法政大学文学部前教授〉)〈日本中世史〉
研究分担者
坂上康俊(九州大学大学院人文科学研究院教授)〈日本古代史・日唐比較法制史〉
小口雅史(法政大学文学部教授)〈日本古代中世史・日本古文書学・電子史料学、事務局担当〉
岩波敦子(慶應義塾大学理工学部教授)〈ヨーロッパ中世史(概念史、史料学)〉
岡崎 敦(九州大学大学院人文科学研究院教授)〈フランス中世史・西欧古文書学〉
連携研究者
千葉敏之(東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授)〈西洋中世史・歴史補助学〉
田口正樹(北海道大学法学(政治学)研究科(研究院)教授)〈西洋法制史〉
後藤篤子(法政大学文学部教授)〈帝政後期ローマ史〉
大月康弘(一橋大学経済学研究科(研究院)教授)〈経済史、ビザンツ学〉
加納 修(名古屋大学文学研究科准教授)〈西洋中世史〉
高橋一樹(武蔵大学人文学部教授)〈日本中世史、史科学〉
アーヘン大聖堂 Aachener Dom
(概要)本研究は、古代から中世への移行期の日本と西ヨーロッパを主たる対象として、社会秩序を維持するために発給された、主として天皇・神聖ローマ帝国皇帝ないしフランス国王による文書の様式・形態、とくにその機能の諸様相を比較するという新しい手法をとって、そこから得られる共通性・異質性を検討することを通じて、日本と西ヨーロッパにおける文書を通じた社会秩序維持のシステムと、それを支える社会通念・法慣習の一端を具体的に明らかにし、両地域における中世社会及び中世国家の成立の意義を再検討することを目指すものである。
①研究の学術的背景
従来の国制史研究は、基本的には各国単位でなされるのが原則であった。この方法を用いることで、各国単位においては、ある程度定説化した時代区分が築かれてきたと言っても良い。そしてその上で、アジアやヨーロッパという地域の枠組みでその成果を統合し、それぞれの地域のなかで古代や中世という時代区分を設定しようという試みがなされてきた。
これに対して、そうした国制史の枠組みを超えて、諸国の国制を相互に比較することによって、それぞれの国制の特徴をさらに際立たせたり、それらの国家を含み込んだ一定の地域世界の構造を探るという手法も古くから採られてはきた。たとえば、日本古代の国家体制の基本である律令制と、その母法をあみだした中国、とくに唐の国制との比較は、比較の基準が同じ律令法をベースにしているということもあって、体系的かつ詳細になされてきており、多くの重要な成果も挙げられている。
ところが、日本国家が中世的様相を呈し始めた段階以降、東アジア、とくに中国と日本の国制や社会の比較はほとんど試みられていないし、たとえ試みられても、大きな成果を生み出してはいない。一方で、日本とヨーロッパの中世社会との比較研究については、長い研究史を有している。もちろんこの対蹠的な指向性は、近代日本の歴史学に刻印された近代化志向、脱亜論的傾向が大きく影響していることは否めないが、日本中世の国家・社会とヨーロッパ中世の国家・社会との間においては、非官僚制的支配の常態化、戦士身分の成立と成長、世俗権力対宗教権力の闘争、大土地所有の展開と小農民の自立化傾向、自治都市の成立と発展など、さまざまな面において、少なくとも同時期の東アジアの諸国に対比すれば、はるかに近似した状況が見いだされることは、改めて強調しておいても誤りではないだろう。つまり日本社会の上に立つ国家権力は、中国の諸王朝の政治的経験に学びながら古代国家を成立させたものの、やがては非東アジア的な国制へと転換していったと考えられるのである。この転換は、言うまでもなく日本列島の中で自生的に行われたもので、結果としてヨーロッパ中世社会と類似した状況を現出してしまったと評価するべきであろうが、この転換自体は決して突如として起こったものではない。その背景として、日本の社会自体が徐々に変化したことを過小評価するものではないが、そもそも律令制の導入時にまでさかのぼって、表面的には目立たなくなったかも知れないが、脈々として流れる日本社会独自の、敢えて言えば未開社会から引き継がれた「了解」が存在した可能性を否定できないと考える。
こういった見方の一つの典型として、文書行政の日本的特性を挙げることが許されよう。日本古代の文書行政に関する研究は、主として中国、とくに唐のそれとの比較という方法を通じて大きな成果を生み出してきたが、とくに早川庄八による口頭伝達の世界の重視(『日本古代官僚制の研究』岩波書店)および吉川真司による非案巻システムの発見(『律令官僚制の研究』塙書房)は、いずれも唐とは大きく異なる文書の世界を明らかにしたものとして重要である。しかし、さらに巨視的に見れば、公文書の形式化・空洞化と私文書の公文書化とが日本古代・中世の文書の世界を成り立たせたのであって、早川庄八の『宣旨試論』(岩波書店)のように、宣旨の成立過程を詳細に追求した業績はあるものの、なぜそれが公的に有効性を持たされるのか、という根本的な疑問は残されたままであると言って良い。日本の古文書学が中世の武家様文書の研究から出発したため、かえってその前提となる公家様文書の世界については、研究自体は少なくないものの、公式様文書から武家様文書に至る過程の論理を追求することは等閑視されてきた憾みがあると言えよう。
一方で1980年代以降の社会史研究の盛行に伴い、とくに中世社会に関しては、文書をとりまく状況の再検討が進んだ。なかんずく、機能論的な観点に立ち、実際に文書が果たした役割が追求されるようになった結果、文書の伝達経路の研究、文書の保管と活用の状況に関する研究、所作や口頭伝達による文書の補完作用、文字面だけではなく素材や大きさ、畳み方などの文書の形態論からみた文書の機能の研究、さらには文書によらない文書史、すなわち記録や編纂物に記されている文書への見方からの文書の生成過程や機能の復原など、中世の文書の世界の広がりについては、方法的にもかなり深化した研究が蓄積されてきたと言えるだろう。同様の研究の深まりは、ヨーロッパの中世文書の研究についても、ほぼ同じ指向性を帯びながら進められてきたと言うことができよう。その結果、たとえば河音能平著『世界史の中の日本中世文書』(文理閣)、鶴島博和・春田直紀編著『日英中世史料論』(日本経済評論社)や、近藤成一他編『日本中世と西欧』(吉川弘文館)などの成果が生み出されてきている。しかしながらこうした研究状況は、日本においてはやはり中世盛期、換言すれば鎌倉から室町・戦国時代の文書を対象に進められてきたものであり、中世初期とも言える平安時代後期や、さらにさかのぼって古代史の文書研究との接合関係などについてはほとんど意識されていないといって過言ではない。ましてや先述した日本列島に展開した古代社会における暗黙の「了解」を意識した研究はまったく存在していないのであって、ここに日本の古代古文書学と中世古文書学との断絶が端的に現れているといって過言ではない。この問題の解決は日本古代社会の特性や、ひいては中世ヨーロッパ社会の特性についてもまた、新しい視点を提供できるようになると考え、この課題の応募に至った。
②研究期間内に何をどこまで明らかにするか
そこで本研究グループでは、上記の問題意識を共有した上で、中世社会成立期における日本と西ヨーロッパにおいて、社会秩序を維持するために発給された文書を、天皇発給のもの、神聖ローマ帝国皇帝発給のもの、フランス国王発給のものを中心に、その前後の古代ローマ帝国やビザンチン帝国の発給文書との系譜的つながりをも考慮しながら、公・私を問わず比較検討対象とし、機能論的な観点からその文書の役割や、その文書を取り巻く状況、即時的ないしは永続的効力への期待と実際とを検討していきたい。その際、今は失われた文書ないし偽文書、そして文書として現存しないものの他の史料で言及されている文書、さらには帳簿や絵図など、文書と一体となって機能したことが想定される史料群にも十分に目配りをした上で、初期中世の文書の世界を立体的に復原することにつとめる。
こうした研究には、オリジナルな状態で検討できる素材が重要なので、まずはその収集と観察に努める必要がある。オリジナルな状態にこだわるのは、日本古文書学の成果で明らかなように、署判の位置や、書体、材質といった要素が文書分析のための重要なキーとなっており、それなくしては正確な分析が不可能であるからである。
特定の文書群ないしは一点文書についてのこうした詳細な検討に、日本古代・中世史の研究者及び西ヨーロッパ中世史の研究者が加わり、時には専門領域に詳しいゲスト・スピーカーを交えることで方法論の共有や問題の発見に努めて、最終的には①で述べたようなテーマを解決していくこととする。
なお古文書を分析する際の統一基準を策定することになるが、主として扱うのは、天皇・神聖ローマ皇帝・フランス国王発給文書である。具体的には、皇帝等の自称・人称・尊称、書出文言、書止文言、書体、材質、印章、伝達経路、実効性等の設定の可否を検討することになる。
③当該分野における本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義
以上のように、本研究は、これまで統一して比較分析する手段を持たなかった世界史レベルでの古代・中世国家論について、時代の変革期を、文書の様式論によって直接比較しようという全く新しい手法をとるもので、具体的素材も相当量提供しながら、結果的に、従来困難であった日本とヨーロッパ世界の統一基準による比較を可能にしようとするものであ。従来も試みられた、例えば封建制・荘園制による比較では、どうしても社会構造による違いを排除できず、分析が一定しないが、視点を古文書という汎用的なものに据え換えることによって、その比較研究は格段に進歩するものと思われる。
近年の古文書研究は、パソコンの進歩によって、ともすれば活字化と編年配列、その単純なデータベース化による分析が盛行している。もちろんそれ自体は必須の研究行動であり、本研究でも活用するが、一方で、文書自体に即した、活字化やデータベース化しにくい様式上の特徴を追うことを失念しているように思われてならない。もう一度、古文書学の原点に立ち返って、こうした側面を重視する必要性を具体例で示す必要がある。本研究は、確実に、そのための契機となるはずである。
相互理解のための勉強会
話題提供1「古代中世天皇発給文書の特質」(法政大学・河内祥輔)
話題提供2「西欧中世の文書と文書学」(九州大学・岡崎 敦)
相互理解のための勉強会
話題提供「中国(唐以前)の皇帝文書と日本の天皇文書――河内報告前史――」(九州大学・坂上康俊)
古文書見学
3月4日 京都御所・清水寺他
3月5日 京都大学古文書室・京都国立博物館
3月6日 龍谷大学図書館・龍谷ミュージアム・陽明文庫
3月7日 宮内庁書陵部・東京大学史料編纂所
研究報告会 於:法政大学
3月7日
研究報告1「日本古代(奈良・平安時代)における政策の決定過程と文書」(九州大学・坂上康俊)
研究報告2「The documents which transmits intention of the Emperor in medieval Japan」(武蔵大学・高橋一樹)
3月8日
研究報告3 Von der spätantiken Bürokratie zum mittelalterlichen Privileg (Prof. Dr. Mark Mersiowsky(Leopold-Franzens-Universität Innsbruck))
研究報告4 Herrscherkommunikation im spätmittelalterlichen Reich als Thema der Forschung(Prof. Dr. Ellen Widder(Eberhard-Karls-Universität Tübingen))
国際シンポジウムに向けての打合会(於・法政大学)
3月8日「2014年度ドイツでの開催に向けて」
研究報告1「学史上の日本中世古文書学‐西欧中世と東アジア‐」(佐藤雄基・日本学術振興会特別研究員(PD))
研究報告2 「西欧中世文書学体系における書簡体文書の地位」(岡崎 敦・九州大学)
平城宮大極殿復原 Ratshalle am Kaiserhof Heijokyu
日欧古文書比較科研事務局 e-mail: kaiserdocumente@gmail.com
〒102−8160 東京都千代田区九段北3−2−3九段校舎別館1F 法政大学国際日本学研究所気付河内祥輔研究室