1.調査の概要:誰に、何を聞いたのか?
この授業は1・2年生を対象とした全14回構成で、「自分で考え、自分で行動する」「課題を見つけ、解決策を実行する」ことを目指す設計になっていました。
- オリエンテーション、社会環境の変化、働き方の多様性
- インターンシップや企業人事との座談会
- キャリアセンターによる就職準備のガイダンス など
調査は授業の開始時(4月)と終了時(7月)に実施され、学生の「社会的価値志向」に関する意識変化を追跡しました。
2.どんな意識を測ったのか?
学生には、2つの価値観に関する質問をしました。
競争・達成志向
利他・共感志向
それぞれ4件法で評価し、前後の変化を統計的に比較しました。
3.どんな変化が見られたのか?
重要な発見
変化があったのは女子学生だけでした
男子学生は変化なし
女子学生は「共感力」に小さな変化
つまり、「他人への共感」や「思いやりの気持ち」が少しだけ下がったということです。ただし、「競争心が高まった」というわけではありません。
4.なぜ女子学生だけ共感力が下がったのか?
研究チームは、この現象を次のように解釈しています。
研究チームの解釈
自分を守る"戦略的な共感の抑制"?
授業では、「自律的に考える」「将来を自分で切り拓く」ことが強調されていました。女子学生たちは、このメッセージを受け取り、他者との距離感をコントロールする自己管理力を身につけようとしたのかもしれません。
つまり、「他人に深入りしすぎないことも、自分のキャリアを守るうえで必要だ」と考えるようになった可能性があります。
現実を知って「まずは自分を優先しよう」と考えた
近年の日本社会では、女性の就職・昇進が容易でないという現実があります。出産・育児との両立、職場での昇進機会の少なさ──そうした背景を学んだ女子学生は、キャリア教育を通じてこう思ったのかもしれません。
「理想だけでは生きていけない。今はまず、自分のキャリアを確立しないと。」
その結果として、一時的に他者への共感や利他的な関心を抑えるという現象が起きた──そんな解釈も、この研究から見えてきます。
5.「共感が下がった=競争心が高まった」ではない?
ここで注目すべきは、共感が下がっても、競争志向が高まったわけではなかったということ。
Van Lange理論との一致
これは、オランダの社会心理学者Van Lange(2000)が提唱する理論とも一致します。人間の対人志向は「利他か利己」という単純な二択ではなく、協力・平等・競争など多面的なベクトルで構成されるという考え方です。
今回の研究でも、
- 共感を一時的に抑える
- でも、野心的になるわけではない
という、複雑で微妙な価値観の変化が読み取れました。
6.キャリア教育は「良いこと」だけじゃない?
教育の副作用への注目
この研究は、「キャリア教育=良いこと」という単純な図式では語れない現実を示しています。
- 自律を促す教育は、共感を抑えるかもしれない
- とくに女子学生にとって、キャリア教育は"身構えるきっかけ"になることもある
キャリア教育をどう設計するか──それは、単に知識やスキルを教えるだけでなく、学生の価値観にどう作用するのかまでを見通す必要があるということです。
出典
田澤実・九鬼成美・梅崎修(2025)「大学生の社会的価値志向は変化するのか―キャリア教育の効果検証―」『生涯学習とキャリアデザイン』第22巻第2号, pp.113–119