『法学セミナー』20157月号 通巻726号 掲載

 

【以下1頁】

 

[ロー・ジャーナル]

 

3人のDNAを継ぐ子を認める法改正

――英国の新「ヒト受精及び胚研究法」――

 

 

ここにも全文を掲げました本文の末尾に掲載しておきました、「本小論の詳しい注」です。

ご覧頂ければ幸いです。

 

なお:

1)    本文中の注の番号をクリックすると、該当する注にすぐ移動しますので、注の参照が楽です。さらに、注の番号をクリックすると、すぐに該当する本文の箇所に戻ることができます。

2)    注の中のhttp://...つまりインターネット上のウェブサイトについては、クリックすれば参考文献のサイトがすぐ見られるように工夫してあります。ご利用下さい。

 

 

                                                                和田幹彦(法政大学法学部教授)

 

1 はじめに

 

 

 20152月、英国議会は先端医療と生命倫理の分野で、世界初となる画期的な法改正を行った。「3人の親のDNAを継ぐ子」の誕生に、法的に道を拓いたのである。[1]

 

 国論を二分したこの先端医療技術[2]の施術を、簡潔に記そう。[3] 「将来的父母」のうち、母の卵細胞のミトコンドリアDNAに重大な欠陥があると、生まれる子が「ミトコンドリア病」にかかる確率が格段に高まる。これは主として遺伝性疾患であり、進行性の筋力低下や知的退行、精神症状、心臓の伝導障害や心筋症、脳卒中様症状、肝機能低下などを伴う重篤な病に発展しうる。[4] (この病気は日本でも、18歳未満の場合は小児慢性特定疾患治療研究事業、また成人は特定疾患治療研究事業の対象疾患になっている。)[5] しかし第3者の女性と男性から、ミトコンドリアDNAに異常がない受精卵[6]を提供してもらえば、この病気にはかからない子が生まれる。その子は父母の核DNA(細胞の核の中に存在するDNA)と、第3者の女性のミトコンドリアDNAを受け継ぐ。これはその子の子が女性ならば、世代を継いで遺伝する。

 

 今次の法改正では「これを認めれば、自由な遺伝子操作をする将来のデザイナー・ベビー[7]を認めてしまうことになる」という強い懸念も議論された。[8] しかし改正法は成立し、本年1029日に施行され、この医療技術が具体的な症例に施術される運びとなった。

 

 英国では、1990年に"Human Fertilisation and Embryology Act 1990"が立法されている(「ヒト受精及び胚研究法 1990年」[9]、「HFE1990年法」と仮称する;以下同様)。本法は2008年に1度大幅に改正されている(「HFE2008年法」)。[10] 今回の立法は、同法のさらに画期的な法改正によって実現したのである(「HFE 2015年法」)。

 

 

2 英国議会下院・上院における「ヒト受精及び胚研究法」の画期的な改正の経緯

 

 

 23日、下院に改正法案が提出された。2大政党の保守党と労働党は、この法改正は「良心に関わる問題」なので党議拘束をかけず、自由投票とした。[11] 最初に与党保守党員で保健省の担当官のジェイン・エリソン[12]が法案を説明し、賛成投票を促した。賛成論者は、この法改正によりミトコンドリア病に苦しむ英国の約2,500の家庭が救われると主張した。これに対する主たる反対論者の1人は担当官と同じ保守党のフィオナ・ブルース[13]であり、議会は本件の討論にさらに時間をかけるべきだと主張した。しかしエリソン担当官は、すでに本件は十分に討議されており、今は投票に付すべき時期であると譲らなかった。[14] 反対論の背景には、この数日前にイギリス国教会とカトリック教会[15]が、本医療技術は未だ安全性が保証されていない上に、倫理的な問題をはらんでいる、と明確に反対声明を出したことがある。

 

 しかし保健省担当官の思惑どおり、この「歴史的な討論」[16]を経て、改正法案は投票にかけられ、[17]賛成382票、反対128票で可決された(過半数は254票)。英国総選挙を57日に控えた与党の保守党内閣と、野党の労働党の「影の内閣」も、この問題では歩調を合わせて改正を支持した。[18] キャメロン首相も、野党党首ミリバンドも、賛成票を投じた。[19]

 

 そして上院も、下院に足並みをそろえて224日に、賛成280票、反対48票で、本法改正を議決した。投票に先立ち、労働党のウィンストン卿・上院議員は、この先端医療技術の実施は「暗闇での一歩」であろうが、今は広く受け容れられている体外受精をはじめとする生殖技術の主たる進歩も同じことであった、と論じて賛成投票を勧めた。さらにリドリー子爵議員も、この先端医療技術により救われる「患者」の救済を強調し、この改正法は深刻な重病に的を絞っているため、「デザイナー・ベビー」に道を【以下2頁】拓く「滑り坂」とはならないと主張して賛成を後押しした。その一方で、カトリック教徒の上院議員の数人は反対弁論をおこなった。加えて、イタリア系の議員も改正法に反対した。[20] しかし上院では下院よりも圧倒的に賛成多数で、この改正法は最終的に成立した。

 

 

3 世界初の「3人の親のDNAを継ぐ子」を産ませる先端医療技術とその倫理的正当性

 

 

 今次改正法の対象となったミトコンドリア病は、卵子のミトコンドリアDNAの異常に起因するケースである。このDNAは、胚(今次改正法に限っては受精卵を指す)[21]の核にある染色体のDNAとは別である。約2万から25[22]と推定されている遺伝子のほとんどが核DNAに存在し、これが子の人体から性格への影響に至るまでの遺伝的規定要因となる。それに対してミトコンドリアDNAはヒトのDNA全体の0.054%[23]に過ぎない。雑駁に言えば、ミトコンドリアは細胞に必要なエネルギーの重要な供給源であり、この機能に必要なタンパク質のうち13種類が、ミトコンドリアDNA上の37の遺伝子のうち13によって作られている。[24] しかしその機能に遺伝的障害があると、ミトコンドリア病の原因となりうるのだ。ミトコンドリアDNAは、母の卵子からのみ子に受け継がれるため、この病気は母系遺伝と呼ばれる。

 

 この病気の「治療」法として研究・開発された医療技術の一例「前核移植」[25]では、父母の体外受精卵(胚)をまず作る。胚の母由来のミトコンドリアDNAには異常がある。そこで、第3者の女性と男性が提供する受精させた胚[26]の核をまず除去しておく。その胚へ、父母の胚の核だけを「打ち込む」。そうすれば新たに胚の機能を持った細胞のミトコンドリアDNAは、第3者の女性の「健康」なものとなる。この胚を母の子宮に戻し、妊娠すればミトコンドリアDNA異常を持たない子が生まれる。これは今回の改正法では、公式に「ミトコンドリア提供(Mitochondorial Donation)」と呼ばれている。

 

 この施術により生まれてくる子は、遺伝物質の99.8%が父母から、0.2%が「健康な」ミトコンドリアDNAを持つ卵子の提供者から由来する。[27] この比率の圧倒的な差にかかわらず、比喩的に表現すれば、これは確かに「3人の(生物学的な)親を持つ子」[28]と言いうるであろう。

 

 この医療技術がはらむ倫理的問題を指摘しておこう。まず、父母の胚は一旦、核以外は「破壊」される。そして胚提供者の胚の核も「破棄」される。その意味では、合わせて2つの胚が「壊された」上で、ようやく「健康」な胚が1つ形成されるのだ。反対派は、こうした医療プロセスは生命倫理に反すると論陣を張った。[29]

 

 にもかかわらず、キャメロン、ミリバンド両党首も含めて、下院・上院ともに賛成が反対を上回った要因には、議会でも賛成派が強く主張した「正当な」理由がある。それはこのミトコンドリア病のDNA異常をもつ「将来的母親」がミトコンドリア病にかからず、かつ自分の核DNAを引き継ぐ子を産むには、この先端医療技術しか方策がないからだ。

 

 下院でこの改正法が可決された日の夕刻、英国の代表的テレビBBCのニュースは、このミトコンドリアDNAに異常を持つ妻の夫婦が、余命数年とされる致命的な神経疾患にかかった幼い第1子の介護をしつつ、「第2子に健康な子が欲しい。この法改正は、この病気から絶対的に解放される唯一かつ最終的オプションだ。」と発言する映像が流された。この夫婦の談話は実名で有力紙「ガーディアン」でも、インタビューの動画と並んで報道されている。[30] HFE 2015年法」により、この医療が本年1029日以後におこなわれることは、こうしたカップルたちにとって福音となることはまちがいなかろう。

 

 

4 英国の今次改正法の「ハードロー」による生命倫理問題の規制と具体的内容

 

 

 まず、この生命倫理問題をはらむ改正法が議会を通ったいわゆる「ハードロー」であることを強調しておく。(それに対する「ソフトロー」は、を参照。)「HFE 2015年法」は、世界初の先端医療技術の施術の容認であると同時に、議会による「ハードロー」である点に注目すべきだ。

 

 今次改正法は、「第1部」の冒頭で「ヒト受精及び胚研究(ミトコンドリア提供)規制 2015年」[31]と名付けられた。この「規制」が元の「HFE1990年法」を改正する、という形式を採っている。そして「第2 許容される卵子と、許容される胚」でいよいよ、くだんの先端医療技術が定義される。(その後のプロセスを行うことに使われることが許される卵子【以下3頁】胚をさす。)この全貌を知るためには、第2部の「第3 許容される卵子」「第4 許容される卵子:[医療]プロセス」「第5 許容される卵子:状況」「第6 許容される胚」

「第7 許容される胚:[医療]プロセス」「第8 許容される胚:状況」という項目を併せて解釈する必要がある。[32] HFE 2015年法」が許容する新医療の要は、第3者によるミトコンドリア提供である。

 

 「HFE1990年法」により1991年に、保健省管轄下に「ヒト受精及び胚研究の認可庁」が設置されている("Human Fertilisation and Embryology Authority"、和訳は和田による仮訳;以下「HFEA[33])。「HFE2015年法」は法的手続として第1に、ある女性(A女)の卵子1、またはA女の卵子と(Aの夫)B男の精子で作られた胚1にミトコンドリアDNAに起因する異常があり、それにより深刻なミトコンドリア病を発症する重大なリスクがあることをHFEAが認定することを求める。この認定を受けて、医療行為が開始される。第2に、匿名のC女の「許容される卵子」(卵子2)、または匿名のD女とE男の卵子と精子で作られた「許容される胚」(胚2)が作られる。以上、C女とD女の卵子、A男とE男の精子は、「細胞核中・ミトコンドリア中のいずれのDNAも改変を受けていない」精子・卵子である。第3に、提供された卵子2または胚2の核DNAを、すべて取り去る。第4に、卵子1または胚1の核DNAをすべて取り出して、卵子2、または胚2に注入する。

 

 以上の医療は、「HFE2015年法」付随の「説明のための註記」[34]を読むと解りやすい。[35]  この後、卵子2B男の「許容された精子」と受精させた胚3、または胚2A女の子宮に着床させ、ミトコンドリア病と無縁な子どもが産めるようにしたのである。したがって、で言及したとおり、女Aと男Bの遺伝情報・物質の99.8%を受け継ぐ胚2、胚3を生み出すことを容認した。

 

 つまり、本拙論のでは胚2を使う方法「前核移植」についてのみ言及したが、改正法は卵子2と胚3を使う方法「母体紡錘体移植」[36]をも認めている。

 

 そして「HFE2015年法」の第3部のうち、規制の第11から15項は、この医療技術によって生まれた子は、ミトコンドリア提供者について、提供者のアイデンティティーは特定できない限定的な情報へのアクセスが許されると規定する。また、ミトコンドリア提供者は、生まれてくるであろう子どもの血縁者であってはならない。以上により、同じミトコンドリア提供者を得て生まれた子ども同士が結婚する可能性は排除できないことを、「HFE2015年法」は認めたことになる。(和田注:核中のDNAと異なり、ミトコンドリアDNAが同じ男女が子をもうけても、生物学上、子に異常が起こりやすくなることはない。)[37] 3C女、胚2D女のものではないと明言する。そして18項は、生まれた子からC女に対する、ミトコンドリア提供を根拠とする法的親子関係の請求を禁じている。加えて第19項は、子が18歳に達した後も、女Cの個人情報を請求することはできず、提供者が匿名でいられることを定めた。[38] [39]                

 

 

5 生命倫理がからむ法的問題の「ハードロー」と「ソフトロー」による解決

 

 

 一般論として、生命倫理がからむ法的問題の「ハードロー」と「ソフトロー」[40]によeる解決それぞれのプラス・マイナス面を考察しよう。

 

 今回、英国議会が「ハードロー」による法改正をした要因の1つは、この先端医療技術の安全性や倫理的正当性について社会全体に最後まで賛否両論があったことだろう。となると、この先端医療の容認の是非に、正式・公式に決着を付けるには、国民の代表である(特に下院の)議会[41]を通す「ハードロー」の改正法しかありえない、という政策的判断があったと思われる。

 

 本拙稿では、「ハードロー」を「実定法」[42]ないし「議会を通った法律、および強制力のある条例」と暫定的に定義しておく。[43] その一方で、「ソフトロー」の「一応の暫定的定義」は、「裁判所などの国家機関によるエンフォースが保証されていないにもかかわらず、企業や私人の行動を事実上拘束している規範」とされている(中山信弘・藤田友敬編『ソフトローの基礎理論』有斐閣、2008年、2-3頁;藤田執筆)。[44]

 

 ソフトローという概念は、当初国際法の分野で注目されてきた。[45] 国際法学者の位田隆一・京都大学名誉教授は、1985年にすでに「ソフト・ロー[46]の考え方は、当初1970年代後半から国際法分野で現れてきた」とする(同「医療を規律するソフト・ローの意義」樋【以下4頁】口範雄・土屋裕子編『生命倫理と法』弘文堂、2005年、70-98頁所収、78頁;同箇所の1985年論文の注参照)。[47] 位田教授は現在もなお、「国際生命倫理(法)」を「『ハードロー』と『ソフトロー』の両翼を持つ新しい分野」として重視している。[48]

 

 同教授は、ソフトローとは「国の定める、法律に基づかない指針や、専門家集団のガイドラインや宣言、機関の定める指針等」の「形態をとる」(同前79頁)と解説した上で、「医学研究・医療制度」では「ハード・ローが中核になっていることには間違いがない」(80頁)と言明する。その一方で、ソフトローも「相対的によく遵守されている」とし、「医師や科学者たち[]にはおのずから倫理意識があり、さらに集団内の自主規制によって適切に行動を制限している」(80頁)との認識を示す。もっとも「日本産婦人科学会の会告」に触れ(75頁)、会告に対する重大な2つの違反例、例えばで言及する「着床前遺伝子診断(PGD)を実施」した医師を挙げて、少なくともこの形態のソフトローには「拘束力はない」ことを強調している(90-92頁)。

 

 そしてソフトローとハードローのバランスについて、「内閣府総合科学技術会議生命倫理専門調査会[]では[]生殖補助医療のための[]基礎研究として[]法律によるべきかまたは指針とするかについて、激しい議論が行われた。そこでは、立法は[]医学・生命科学の急速な展開に対応できないこと、[]日本では専門家集団の倫理意識は高く[]、法律を策定することは中長期的な課題とすべきことが主張された。」(91頁)と報告している。以上を踏まえて、位田教授は「急激な発展を続ける医学・生命科学の分野では、ハード・ローによる社会の基本的価値の確保とソフト・ローによる自律と規範の実効的遵守の組み合わせが求められる。」(98頁)と結論づけている。[49]

 

 つまり生命倫理問題のからむ医療の現場での先端医療技術の施術についても、仮に医療関係者の内部の合意つまりソフトローがあっても(それが破られたり)、社会全般での合意形成がない場合などには、ハードローは必須となるのではなかろうか。その好例が、今回の英国の「HFE 2015年法」であろう。

 

 

6 英国の「HFE 2015年法」が関連する日本の産婦人科学会の生殖補助医療に与えうる影響

 

 

 折しも英国の「HFE 2015年法」[50]の下院での成立の4日後の27日、日本産婦人科学会主催の公開シンポジウム「着床前受精卵遺伝子スクリーニング(PGS)について」が東京で開催され、筆者・和田も出席した。[51] 同学会が発表したのは、従来行われてきた「着床前診断」(PGD[52]から一歩踏み出す、遺伝子スクリーニングを実施する「PGSに関する特別臨床研究」計画案であった。同案のPGSでは、胚の46染色体の全てを網羅的にアレイCGHで解析し、染色体数が異常のない胚を「適」と判定し、その中から移植胚を実施施設が選択して母体に戻し、流産率や出生率などの妊娠予後を改善するかを検証する。[53]

 

 しかしこのシンポジウムでは、患者団体「神経筋疾患ネットワーク」代表の見形信子が「命の可能性を受精卵の段階で廃棄される対象者の1人として、臨床研究はやめてほしい。障害があっても祝福され、育み合える社会を作りたい。」と反論している。また、「市民に十分な情報が公開されていない」などの反対意見も出た。[54] すなわち、社会全体のコンセンサスは形成されていない。にもかかわららず、英国の「HFE 2015年法」がハードローであるのに対し、日本産婦人科学会のPGS実施は学会主導のソフトローによるに過ぎない。その一方で、この両国の課題は使われる先端医療技術は異なるが、双方とも広義の生殖補助医療であるという共通点を持つ。

 

 今後、こうしたPGS問題の解決のための局面でコンセンサス形成が難しい場合、「HFE2015年法」のごとき例も参照しつつ、1997年の「臓器の移植に関する法律」の成立のように、日本でも国会主導の立法の出番となる可能性もある。

 

 そう考えるのは、一実定法学者である筆者のハードローへの過信であろうか。

 

 

 〔本稿執筆にあたり、遺伝カウンセラーの田村智英子氏から受けたご教示に感謝する。

 

 なお、http://www.i.hosei.ac.jp/~mwada/HogakuSeminar/2015July.htmに掲載した本小論の詳しい注をも、ご参照いただければ幸いである。〕

 

 

                                         (わだ・みきひこ)



[1]本拙稿中の「英国議会」「下院」「上院」とは、順に正式には"Parliament of the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland"(「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国議会」)、"House of Commons"(定訳は「庶民院」)、"House of Lords"(定訳は「貴族院」)を指す。英国議会の上下両院の複雑な構成・機能などについては,公式には以下を参照:http://www.parliament.uk/about/

 英国議会の本件に関わる公式議事録の全文は以下のサイトで見られる:http://www.publications.parliament.uk/pa/cm201415/cmhansrd/cm150203/debtext/150203-0002.htm

 

[2]この先端医療技術の詳細については、さしあたり以下の3本の論文を参照されたい(公刊順)。

 本拙稿・本文の後掲で詳しく紹介する「前核移植(pronuclear transfer)」「母体紡錘体移植(maternal spindle transfer)」の2つの方法のうち、比較的早い時期に後者について"spindle transfer"との呼称で研究を公刊した論文が:

 Masahito Tachibana et al., "Towards germline gene therapy of inherited mitochondrial diseases," Nature, 493, 627–631 (31 January 2013), Published online: 24 October 2012.

 同様に、両者の方法について報告した論文が次の2点ある:

 Wolf DP, et al., "Mitochondrial replacement therapy in reproductive medicine," Trends in Molecular Medicine, Volume 21, Issue 2, February 2015, pp. 68–76, published online: January 5, 2015.

 Jessica Richardson, (Douglass M. Turnbull,)  et al., "Assisted reproductive technologies to prevent transmission of mitochondrial DNA disease," Stem Cells, Volume 33, Issue 3, pp. 639–645, March 2015.  Article first published online: 17 Feb 2015. この後者の論文は改正法が下院で可決した後に公表・公刊されたものであるが、共著者で医師にしてNewcastle Universityの教授であるDouglass M. Turnbullが、本拙稿・本文の末尾で言及するBBCのニュースに、この先端医療の今後の施術者の候補として登場しているので、ここに掲げておく。

 

[3]一般の英語読者にも解りやすく、前注の「母体紡錘体移植」「前核移植」の2つの方法をこの順に図入りで解説したのが、英国の有力紙The Independentの次の記事である。James Rush, "'Three-parent babies': What is mitochondrial donation and what are the techniques involved?", 3 February 2015. 以下のウェブサイトで閲覧可能:http://www.independent.co.uk/life-style/health-and-families/health-news/threeparent-babies-what-is-mitochondrial-donation-and-what-are-the-techniques-involved-10021567.html

 

[4]この症状についても英国の下院で議論されたことについて、注(1)の公式議事記録、Column 179中、午後39分の冒頭箇所の労働党議員の発言を参照。

 こうした症状も含め、日本語での解りやすい文献として、後藤雄一(臨床遺伝専門医・指導医)・佐藤有希子(認定遺伝カウンセラー)、ともに国立精神・神経医療研究センター病院 遺伝カウンセリング室所属による『ミトコンドリア病ハンドブック』、2012年(表紙も入れて前39頁)を参照。この病気の検査、症状(19-23頁)、治療、遺伝などについて解説がある。以下のウェブサイトで閲覧可能:http://www.nanbyou.or.jp/upload_files/mt_handbook.pdf

 さらに、同病についてより詳しくは、アメリカの権威あるNIH研究所のサイトがある:http://ghr.nlm.nih.gov/mitochondrial-dna

 さて、本注前掲の『ミトコンドリア病ハンドブック』(以下、『ハンドブック』と略す)に拠れば、(32頁の「突然変異」ではない)31頁の「母系遺伝」の場合が、今回の英国の改正法の主眼である。この「母系遺伝」の場合は、『ハンドブック』(32頁)にも、「母親」は「(病気)」と明記されている。ではこうした<病気の(将来的)母親>は、子をもうけることがそもそもできるのだろうか?という疑問を読者は持つであろう。この点の解説を加えておく。以下は、本文末尾に記したとおり、遺伝性疾患に極めてお詳しい遺伝カウンセラーの田村智英子氏のご教示に拠る。

 細胞の中のミトコンドリアのうち、異常DNAをもつミトコンドリアの割合は随時変化する。したがって、軽い症状のミトコンドリア病の母親が子をもうける時に、重い症状のミトコンドリア病の子が生まれる可能性は多々あることになる。また、母親の症状が軽くて母親本人が<自分がミトコンドリア病である>と気づいておらず、最初にひとり重度のミトコンドリア病の子が生まれて初めて、母親が潜在的に病気をもっていたとわかる場合がある。その場合、母親は一見無症状かもしれないが、将来的に症状を起こす可能性もあるので、医療関係者サイドは一応<ミトコンドリア病>の扱いにして、その母親の健康管理をすることになる。

 また、ミトコンドリア病の症状には色々ある。症状があっても子をもうけることにさしつかえないものもあるのだ。また症状の重症度が人によって違う。例えば「代表的なミトコンドリアDNA変異」によってひきおこされる「MELAS」(『ハンドブック』14頁参照)などでは難聴や筋力低下等の発症時期は、小児期である。しかし他の症状はそれほどひどくないという女性患者もいて、(将来、脳卒中発作を起こしたりする可能性もあるが、その前に)子どもをもうけようと考える可能性は十分にある。あるいは、「MELAS」と同様に「代表的なミトコンドリアDNA変異」が原因の「MERRF」や「CPEO」(同じく『ハンドブック』14頁を参照)でも小児期から症状があっても軽く、子をもうけることができる場合もある。

 逆に、ある家系では、複数いる子どもが病気で「MELAS」のミトコンドリア病と判り、その後次々と他の子どもが発症し、さらにその後に母親も脳卒中発作を繰り返して寝たきりとなり、夫以外の家族全員が発症したというケースもある。この女性は、複数の子どもを産む前には自分が重度のMELASだとは判っていなかったわけである。

 

[5]「難病情報センター」のhttp://www.nanbyou.or.jp/entry/194による。このセンターは、http://www.nanbyou.or.jp/によれば、「難病治療に携わる医療関係者の皆様に参考となるような情報を厚生労働省健康局疾病対策課と協力して提供」している。

 

[6]ここではとりあえず、前掲注(2)の「前核移植」のみを簡単に紹介しておく。本拙稿・本文の後掲では、これと並んで同じく前掲注(2)の「母体紡錘体移植」の双方も詳細を紹介しておいた。

[7]「デザイナー・ベビー」の問題については、拙稿「第5章 クローンベビーとデザイナーチャイルド:21世紀国際社会における法・法政策・生命倫理の2つの課題」拙編著『法と遺伝学』(法政大学現代法研究所叢書 26)、2005年、133-168頁、特に141-147頁も参照されたい。この拙稿の「デザイナーチャイルド」は、本小論中の「デザイナー・ベビー」と同じ意味である。

 

[8]議会公式議事録、前掲注(1)では、Luciana Berger議員(下院;以下同様)がColumn 166で、Andrew Miller議員がColumn 172で、David Willetts議員がColumn 178で、Liz McInnes議員がColumn 180で、それぞれが"designer babies"の問題に言及しているが、結果的にはこの4人とも改正法に賛成票を投じている。簡便には、イギリスの有力新聞、The Guardian紙、201523日付け電子版の記事を参照:"MPs vote in favour of 'three-person embryo' law"http://www.theguardian.com/science/2015/feb/03/mps-vote-favour-three-person-embryo-law

 

[9]その全文は、以下で見ることができる:http://www.legislation.gov.uk/ukpga/1990/37/pdfs/ukpga_19900037_en.pdf

 この「HFE1990年法」の主要部分の和訳が、神里彩子・成澤光編『生殖補助医療:生命倫理と法――基本資料集3』信山社、2008年、80-106頁に「人受精及び胚研究に関する法律(1990年)」である。しかし本拙稿では、和訳語については基本的に和田訳とし、成澤・神里訳を必ずしも採用していない。

 

[10]同法については、以下の3つのサイトを参照:

 http://www.legislation.gov.uk/ukpga/2008/22/contents(改正法に目次を付して引照できるようにしたもの)

 http://www.legislation.gov.uk/ukpga/2008/22/pdfs/ukpga_20080022_en.pdf(改正法原典)

 http://www.legislation.gov.uk/ukpga/2008/22/pdfs/ukpgacs_20080022_en.pdf(前掲の改正法原典への訂正)

 2番目に掲げた「HFE2008年法」の第26項が、「HFE1990年法」の第35項(Section)への修正として、「ミトコンドリア提供」を、2008年の法改正以後に立法化する可能性を既に規定していることは注目に値する:

 

26 Mitochondrial donation

After section 35 of the 1990 Act insert—

“Mitochondrial donation

35A Mitochondrial donation

(1) Regulations may provide for any of the relevant provisions [...]"

 

 また、「HFE2008年法」の改正内容の手際良い紹介と、憲法学の立場からの検討について、河合正雄「2008年ヒト受精及び胚研究に関する法律 ――ヒト胚等を用いた先端研究を中心に――」『慶應法学』第29号(2014)179-183頁を参照(同論文の注に掲げられた文献も参考になる)。

 なお、英国の1960年代以後から2011年にわたる「ヒト胚研究に関する議論の経緯」は、みずほ情報総研株式会社(調査委員会座長:町野 朔)「平成24年度科学技術戦略推進委託 諸外国における生命倫理に係る法制度の現状と最新の動向に関する調査報告書」20133月、全91頁(15-23頁が「イギリス」について割かれている)のうち、21-23頁に手際良くまとめられている。特に「T―2−3 直近の論点」(23)では、本稿の「ミトコンドリア移植の治療」が20133月から4月頃にすでに議論され、報告書も作られていたことを解説している。その法的根拠は以下も参照されたい。同「報告書」は15頁で「2008 年の法改正により導入された主要な改正点で胚研究に関係する内容の概要」を挙げ、「HFE2008年法」の下で、今回の「ミトコンドリア移植」への可能性を拓いていたことと、その問題点が、16頁冒頭に以下の通り記されている:

 

b.ミトコンドリアの移植

2人の女性によって提供された卵子又は胚を、女性に移植するための規則制定を可能とする。これは、具体的には母親の卵子の核をドナーの卵子に移植することでミトコンドリアに関係した病気を回避するためのものである。医学関係者は、イギリスの子供の1万人に1人がこの種の病気に苦しんでおり、子供の遺伝子構成の99.99%は母親のもの[和田注:この解説は遺伝学的に不十分・不正確である]であると論じているが、反対論者は母親が2人存在し複雑な状況を生み出しかねないとして批判している。

 

もっともこれは、本拙稿の本文で言及したミトコンドリア提供の2つの方法のうち、「母体紡錘体移植」のみしか解説していない。

 さらに、石井美智子「『デザイナー・ベビー』は許されるのか――『人間の法律学』を目指して――」広渡清吾ほか編『日本社会と市民法学――清水誠先生追悼論集――』日本評論社、2013年、549-567頁のうち、563-564頁も、英国「HFE2008年法」の下で「ミトコンドリア提供」が2011年以後に検討され、2013年にはHFEA(後掲注(30)と関連する本文を参照)が「政府に対する助言をまとめた」ことを指摘、その概要を「以下の4点を考慮すべきであると助言する。」として紹介しているので(564頁)、参照されたい。(石井・同論文は、559560頁でも、「ミトコンドリア提供」以外の論点についてHFE法に言及している。)

 

[11]議会公式議事録、前掲注(1)Column 179Andrew Bridgen議員の発言に、"free votes"と明言されている。簡便には、The Guardian紙、前掲注(7)参照。

 

[12]Jane Ellison。メディアに今回出た際の役職の通称は、"Public Health Minister"であったが、正式には"Parliamentary Under Secretary of State for Public Health"で、所属は"Department of Health"(本文では通例に従い「保健省」と訳した)である。本201557日の英国総選挙の前後を問わず、彼女が担当官であるこの役職については以下を参照:https://www.gov.uk/government/ministers/parliamentary-under-secretary-of-state-public-health

 

[13]Fiona Bruce。イングランド、コングルトン(Congleton)を選挙区とする、保守党議員(本20154月の議会解散時まで;総選挙は57日で彼女は再度の立候補を決定している)。

 同議員は、福音主義派キリスト教(プロテスタント)の信仰に基づくとみられる保守的な政策提言や発言で知られている。2012年には同性婚制度に反対し、本2015年に入ってからは、胎児の性別判明後の親による子の性別選択のための中絶を犯罪とすべしとの方針を言明している。典拠は、さしあたり:http://www.newstatesman.com/politics/2015/02/against-fiona-bruce-amendment-why-feminists-should-oppose-ban-sex-selective

 同議員は、インタビューに対して、英国議会での自己の政策の優先事項として「人間の生命の神聖さ(尊厳)を守り、そのために戦うこと」を明言して挙げている。(原文:"Defending and fighting for the sanctity of human life"

 同議員は、「英国全土の2万人の福音主義派キリスト教徒を代表する」[*]"Evangelical Alliance"(「福音主義者同盟」と仮訳しておく)という団体の"council member"(「役員」と仮訳しておく)である。

 以上の典拠は:http://www.eauk.org/idea/question-time.cfm

 [*]については、以下のサイトを参照:http://www.eauk.org/connect/about-us/ 原文いわく、"We are the largest and oldest body representing the  UK’s two million evangelical Christians."

 

[14]以上、簡便にはThe Guardian紙、前掲注(7)。詳細な公式議事録は、前掲注(1)

 

[15]The Guardian紙、前掲注(7)によれば、厳密には「イギリス国教会」と、「イングランドとウェールズのカトリック教会」である。

 

[16]同前。

 

[17]議会公式議事録、前掲注(1)Columns 186 and 187参照。

 

[18]The Guardian紙、前掲注(7)

 

[19]賛成投票者、反対投票者の数と名前のリストは、議会公式議事録、前掲注(1)"Column 187"で見ることができる。

 

[20]以上、議会公式議事録、24 Feb 2015 : http://www.publications.parliament.uk/pa/ld201415/ldhansrd/text/150224-0002.htm

 Column 1581の冒頭がウィンストン卿・上院議員の発言。Column 1586にリドリー子爵の発言。それに先だって、Column 1572以後にカトリックのLord Debenの、それより後のColumn 1588にやはりカトリックと見られるBaroness O'Loanの改正法への反対発言がある。

 以上、およびイタリア系議員の反対運動については、簡便には以下を参照。The Guardian紙、2015224日付け電子版の記事、"Britain's House of Lords approves conception of three-person babies" http://www.theguardian.com/politics/2015/feb/24/uk-house-of-lords-approves-conception-of-three-person-babies

 

[21]「胚」と「受精卵」の差違については、通常は:「胚とは、受精卵が少なくとも1度卵割、つまり細胞分裂したもの」という用語法が用いられる。

 しかし、本拙稿の改正法の内容・用語法に限っては、以下の註釈が必要である:今次改正法中の「前核移植」では、「胚」の核を取り去るためには細胞が2つ以上になってしまってからでは作業ができない。必ず細胞が1つ(2つの細胞になる前)の段階を使わねばならない。2細胞になってから両方の核をくりぬくということは非現実的であるから、「受精卵」を操作するという言い方が一般的には正しいことになる。ただ、本注で後述のように、受精してから卵割を始めるまでの間にも刻々と時間は経っていくのである、受精直後の瞬間を過ぎたら「胚」と呼ぶ今次改正法の用語法も、誤りではない。(なお、英語では卵子が、今次改正法中の用語でも"egg"なので、「受精卵」は本来卵子と精子が合体して男女それぞれが半分ずつ貢献してできたものであるにも関わらず、"fertilised egg"と言う語を使うと卵子主体、女性主体に見えてしまうので、それを嫌って、卵子(egg)という用語を使わずに、卵子と精子が合体して新たにできた「胚」というものなのだ、と示したい意識が、改正法の起草者に働いているのかもしれない。)

 ただし、「受精卵」と「胚」それぞれの厳密な用語法については、以下の解説を加える必要がある:「受精卵」がその後、卵割を重ねていくプロセスで、どこから「胚」と呼ばれるかについては実は精確な定義はない。「胚」というのは発生の早い段階のものを総称するので、専門家でも「受精卵」の段階から、これを「胚」と呼ぶ者もいる。はっきりしているのは、少なくとも細胞が複数になったものを「受精卵」と呼ぶ専門家は少ないという点だけであって、「受精卵」という言葉は、実は発生学上のステージをあらわす用語ではない(卵子と精子が受精したという状態をあらわす語にすぎない)ので、受精した瞬間を過ぎたら2分割になる前から「胚」と呼ぶのも決して誤りではない。

 

[22]アメリカの権威あるNIH研究所のサイト:http://ghr.nlm.nih.gov/mitochondrial-dnaに依拠する。ただし、遺伝子はペアで存在するので、個数にすると4万から5万になる。

 

[23]議会公式議事録、前掲注(1)Column 161のエリソン担当官の発言に明言されている。

 

[24]前掲注(22)に依拠する。「タンパク質のうち13種類」については、前掲注(4)日本語文献『ミトコンドリア病ハンドブック』、13頁も参照。

 

[25]前掲注(2)のとおり、英語の原語は"pronuclear transfer"である。この医療技術の簡潔な解説は前掲注(3)The Independent紙を、その詳細については、前掲注(2)Wolf et al., Richardson et al.2論文を参照。

 

[26]今次改正法での「前核移植」での「胚」の意味は、前掲注(21)を参照。これを踏まえた上で、本拙稿では改正法の用語法に従うこととする。

 また、「胚」と「受精卵」の通常の用語法についても、前掲注(21)を参照。

 

[27]前掲注(24)のとおり、ミトコンドリアDNAには37の遺伝子しか発見されていない。遺伝学上、DNAの数量と遺伝子の数は比例しないため、前掲注(23)の比率とは当然、異なってくる。

 

[28]議会公式議事録、前掲注(1)Column 167Luciana Berger下院議員が用いている表現である。

 

[29]反対派のフィオナ・ブルース下院議員が、前掲注(1)の公式議事記録のColumn 1682:29pmの発言で,この問題点に言及している。簡便には、The Guardian紙、前掲注(7)も参照。

 

[30]201523日の英国時間22時のBBCニュース(録画は筆者・和田が保存している)。およびThe Guardian紙、201523日電子版、http://www.theguardian.com/science/2015/feb/03/mps-historic-vote-three-parent-babies

 

[31]上院・下院で可決された今次改正法を、http://www.legislation.gov.uk/uksi/2015/572/pdfs/uksi_20150572_en.pdfで見ることができる。"Human Fertilisation and Embryology (Mitochondrial Donation) Regulations 2015"が原文である。

 

[32]同時に「HFE2008年法」の参照も必須である。

 

[33]HFEAの組織と機能は「HFE2008年法」から「HFE2015年法」まで変わっていない。「HFE2008年法」の下でのHFEAの概要とその後の2010年のHFEA存廃の議論、さらにHFEAの存在意義については、みずほ情報総研株式会社、前掲注(9)15-20頁がさしあたり解りやすい参考文献である。

 

[34]前掲注(28)の「HFE2015年法」改正案の末尾に付してあり、"EXPLANATORY NOTE (This note is not part of the Regulations)"と明記されている。

 

[35]HFE2015年法」は元の法律である「HFE1990年法」と「HFE2008年法」の条文ごとの改正を羅列したものであり、余りに複雑で全体像を見極めるのは困難だからである。

 

[36]前掲注(2)のとおり、英語の原語は"maternal spindle transfer"である。この医療技術の簡潔な解説は前掲注(3)The Independent紙を、その詳細については、前掲注(2)Tachibana et al., Wolf et al., Richardson et al.3論文を参照。

 

[37]すでに本拙稿の本文で述べたとおり、ミトコンドリアDNAは、母の卵子からのみ子に受け継がれる。そのため、ミトコンドリアDNAが同じ男女が子をもうけた場合でも、(「健康な」DNAを提供されているのだからありえないケースだが、「ミトコンドリア病」には無関係の、単体では疾病をひきおこさない)異常なDNAがあったとしても、母系からしか子に継承されないので、子に異常は起こらない。これとは対照的に、核DNA上に異常がある遺伝子の場合は、DNAが同じ男女が子をもうけると遺伝病の保因者同士になり、遺伝性疾患を起こす。(詳しくは、信州大学医学部附属病院遺伝子診療部のウェブサイト:http://www.shinshu-u.ac.jp/hp/bumon/gene/genetopia/basic/basic1.htmのうち、「1. 遺伝医学の基礎知識」のうち「4. 遺伝疾患の分類」の特に「2)常染色体劣性遺伝病」を参照。)

 

[38]本「註記」に明記されたとおり、"Human Fertilisation and Embryology Authority (Disclosure of Donor Information) Regulations 2004"http://www.legislation.gov.uk/uksi/2004/1511/pdfs/uksi_20041511_en.pdf)の"Information that the Authority is required to give"の項目の「2.」の「(2)」「(3)」が、「HFE2015年法」では適用されない。結果として、「HFE1990年法」の第31(4)(a)が定めた第3者に関する個人情報の開示をはHFEAは認めない。

 

[39]Edward Lanphier, et al., "COMMENT: Don't edit the human germ line," Nature, Vol. 519 (26 March 2015), pp. 410-411のうち p. 411は以下のとおり、今回の英国の「HFE2015年法」法改正プロセスを、「新たな科学的可能性が出現した際の、オープンで、早期からの議論の1つのすばらしい前例が、科学者、生命倫理学者、規制担当者、そして一般市民を関与させた(複数の)聴聞、諮問と報告書によって示された」として賞賛している[以下の和田による下線部分の、和田による和訳]:

 

An excellent precedent for open, early discussion as new scientific capabilities emerge was set by the hearings, consultations and reports involving scientists, bioethicists, regulators and the general public that preceded the UK government's decision to legalize mitochondrial DNA transfer in February.

 

[40]この2つは「和製英語」ではない。その証左の1つとして、さしあたりKenneth W. Abbott and Duncan Snidal, "Hard and Soft Lawin International Governance," International Organization, 54, 3, Summer 2000, pp. 421–456のタイトル挙げておく。この論文では本文中にも、"[...] most international law is 'soft' in distinctive ways." (p. 421)と叙述されているように、後掲注(47)と関連する本文のとおり、ソフトローという概念が国際法の分野で注目されてきたことを示している。

 また、"hard law" "soft law"の定義の信憑性・信頼度ではなく、この用語が少なくとも米国でも法的用語として用いられていることを示すのが、一般人から法曹家向けの法律用語の定義を掲げたサイトのこの2つの用語が定義である:http://definitions.uslegal.com/s/soft-law/での定義の詳細には立ち入らないが、"hard law" "soft law"がやはり国際法の分野で用いられとしている。ちなみにこのサイトでは、国際機関の宣言("declaration")soft lawと見なされている例として、米国の判例:Lantz v. Coleman, 2010 Conn. Super. LEXIS 621 (Conn. Super. Ct. Mar. 9, 2010)を挙げている。

 

[41]前掲注(1)の「英国議会の上下両院の複雑な構成・機能」についての公式サイトも参照。下院議員は総選挙で国民によって選出されるが、上院(貴族院)議員のメンバーシップはまったく異なる。

 

[42]中山信弘・藤田友敬(編)、本文に後掲する書、2頁(藤田友敬執筆)は、「従来の実定法学(ハードローの研究)」という表現を使って、間接的にハードローを「実定法」と定義している。また、同書では、「一般的に想定される『正式な法』を『ハードロー』と呼ぶ」という(暫定的な?)定義も見られる(同書、197頁、加賀美一彰執筆)。

 

[43]後者は筆者・和田による暫定的定義である。

 

[44]近時の日本におけるソフトロー研究は、東京大学名誉教授の中山信弘(編集代表)による『ソフトロー研究叢書』第1から5巻という労作(有斐閣、順に2010年、2009年、第3巻以後は2008年)を参照されたい。引用書はこの叢書の第1巻である。

 

[45]このソフトローの研究が国際法以外の分野にも展開されたのが、前注の『ソフトロー研究叢書』の5冊である。

 

[46]以下、和田執筆部分では前掲注(44)の文献に従って「ハードロー」「ソフトロー」と表記し、位田教授の文献引用での「ハード・ロー」「ソフト・ロー」という表記と混在することになるが、ご海容願いたい。

 

[47]同箇所の1985年論文の注は、位田隆一「『ソフトロー』とは何か――国際法上の分析概念としての有用性批判――12・完―」『法学論叢』第117巻(1985年)、第5号、1-26頁、第6号、1-21頁。

 

[48]2015413日現在、勤務する大学の自身のウェブサイトで、研究分野について以下のように述べている――「国際法/国際機構、国際生命倫理、国際生命倫理法を研究の全体枠組みとしている。これは『ハードロー』と『ソフトロー』の両翼を持つ新しい分野である。現在は、国際法の一分野としての国際生命倫理法の体系化を模索しながら生命倫理の教育・研修および倫理審査について国際比較による国際標準を研究し、その成果や提言をモデルとして提示する研究プロジェクトを進めている。」典拠は:http://global-studies.doshisha.ac.jp/teacher/teacher/ida.html

 国際法分野での「ソフトロー」の近時の研究として、齋藤民徒「『ソフトロー』論の系譜」『法律時報』778号(2005年)106-113頁、同「第5 法の象徴的次元――『ソフトな法』から『法のソフトな働き』まで」中山・藤田(編)、本文の前掲書(2008年)、267-282頁も参照。

 

[49]弁護士の光石忠敬は、この位田論文に対し、以下のように反論している:

 

この分野のソフト・ローに実効性があるとの言説が立法の不在による基本的な諸問題を忘れさせているのではないか。ソフト・ローとは、「国の定める、法律に基づかない指針や、専門家集団のガイドラインや宣言、機関の定める指針等」[79頁]であり、「医療に携わる者は[和田注:ここでの中略を光石は明示していない]倫理意識の高い集団と見てよい」[77頁]から「相対的によく遵守されている」[80頁]のに対し、「信頼感が薄い」[82頁]法律などのハード・ローは必ずしも必要でないと位田隆一論文[和田注:出典略]は解説する。けれども、この考え方には様々な疑問がある。

 

(同「編集後記」『臨床評価』333号、2006年、733-734頁のうち、733頁。[ ]内の位田論文の頁数は、和田が補充した。)光石は、引き続き反論する理由を述べている。しかし、本拙稿本文を見れば解るとおり、これは位田論文の全体像をとらえておらず、一面的な理解に過ぎない。

 

[50]なお、石井、前掲注(9)565頁は、「ミトコンドリア置換によって,妊娠率を向上させようという研究は、既に10年以上前から日本でも行われている。」ことを、脚注で「朝日新聞2002220日付朝刊」を典拠に、指摘している。

 さらに、David Baltimore et al., "A prudent path forward for genomic engineering and germline gene modification," Science, Vol. 348  no. 6230  pp. 36-38, 3 April 2015p. 37は、英国議会での今回の法改正に言及し、以下の筆者・和田による下線部のとおり、「ミトコンドリア移植[]は、合州国医学研究所、食品医薬品局によって[実施が]考慮されているところである。」と指摘している:

 

Although characterized by some as another form of "germline" engineering, mitochondrial transfer raises different issues and has already been approved by the Human Fertilisation and Embryology Authority and by Parliament in the United Kingdom and is being considered by the Institute of Medicine and the Food and Drug Administration in the United States (11). [下線は和田]

 

(11)は以下のとおり:

 

(11) U.S. Food and Drug Administration, Cellular, Tissue, and Gene Therapies Advisory Committee Meeting: Announcement, www.fda.gov/AdvisoryCommittees/Calendar/ucm380042.htm; www.iom.edu/activities/research/mitoethics.aspx.

 

[51]開催者の日本産婦人科学会による、このシンポジウムの趣旨説明などについて、簡単には以下を参照:http://www.jsog.or.jp/news/html/announce_20150207.html

 

[52]「着床前診断」(PGD)とは何かについては、さしあたり、平原史樹・末岡浩・竹下俊行「クリニカルカンファレンス4 不育症 1)着床前診断」『日産婦誌629号』(20109月)、145-149頁、特に145-146頁を参照。

 

[53]https://www.m3.com/open/clinical/news/article/293154/の、公称「日本最大級の医療専門サイト」かつ「20万人以上の医師が登録する日本最大級の医療従事者専用サイト」の201528日の記事による。(アクセスは2015413日。)

 

[54]「西日本新聞」2015214日のオンライン記事「着床前スクリーニング(受精卵検査)臨床研究 公開シンポ 参加者から賛否」;http://www.nishinippon.co.jp/feature/life_topics/article/145572による。同時に、筆者・和田も出席していたため、会場でこの発言を聴いている。