「米沢の街」


 米沢は上杉氏の城下町である。駅にある地図でみると城はみつからなかった。上杉神社があったので、そこに行ってみることにした。駅から1kmは離れているだろう。上杉神社とあるので神社なのだが、城はいったいどこにあるのか。神社がひょっとして城という気がしないでもないが、半信半疑で歩いていった。
 駅から数百メートル歩くと最上川があった。芭蕉の句が思い出され、最上川かという感慨があった。城下町は最上川までなのだと直感した。ということは、駅は川向こうに作られたことになる。

(『プロアトラスSV』を加工)

 上杉神社に着いてから案内文を読むと、そこが城跡であった。明治時代に城を取り壊し、そのあとに神社を造り、上杉謙信と鷹山を奉ることにしたそうである。上杉家はもともと徳川家に遠慮して天守閣を造らなかった。金沢の前田藩も天守閣が焼失した後は造っていない。同じような意味合いをもっているのだろう。
 上杉神社を出た後で街を見た。大沼デパートや市民センターがある辺が中心街であると判断した。アーケード街もあったが、米沢という名前からすると、規模はかなり小さい。地図で太赤線のところである。
 大沼デパートの裏側に隣接して居酒屋・スナックが何軒かあった。地図で黄枠のところである。人の主たる流れは大沼デパート前を通る道路であろう。しかしどちらの方向がメインの流れかは判断がつかなかった。駅から来る場合と、城から来る場合では反対方向になるからである。
 中心市街地があまりにも狭いので、米沢駅周辺に繁華街があるかもしれないという疑念を持った。駅に向かって戻ってくると、その周辺の明るさが目についた。ひょっとして現在は駅を中心に街が構成されているのかもしれない。そう思ってスナックを探しはじめた。しかし、駅から300mくらい離れた道の両脇に一棟3店舗づつのスナックがあっただけである。中心部と駅前とどちらがにぎやかかというと、どちらもにぎやかではないが、強いて言えば中心部の方であろう。
 米沢ラーメンを食べて帰ろうと思い、店を探したが、中心部も駅周辺の店もどちらも客が入っていなかったので、結局ラーメンは食べなかった。

 米沢市史で調べてみた。大沼デパートの脇を通る道(国道287号線)は外堀を埋めて造ったのであろう。その外側、最上川よりの所に大町という町人町を造った。そこに南北に街道筋があった。地図で紫矢印である。その流れからみれば、左地域にスナック街があることになり、矢印の先に市役所等がある。しかし、現在、紫矢印が人の主たる流れとはみなせない。