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法政大学大学院 環境マネジメント研究科

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2004年度修士論文要約

エコ・エフィシャンシー理論による統合的プロジェクト評価手法の有効性」
−道路及び火力発電所プロジェクトのケース・スタディにおける検証−

蠣崎廣義
1. はじめに
2. 序章
 (1) 統合的プロジェクト評価の必要性
 (2) プロジェクトの定義
3. 統合的プロジェクト評価手法の理論的背景
 (1) エコ・エフィシャンシー理論の展開
 (2) エコバランス理論による環境負荷定量化の理論的系譜
 (3) 環境負荷の統合化手法の開発
4. 統合的プロジェクト評価手法の基本構造
 (1) 統合的プロジェクト評価手法のコンセプト
 (2) エコ・エフィシャンシーの算出方法
5. わが国の環境影響評価書に基づく分析および適用事例
 (1) 基本的考え方
 (2) 道路整備事業計画
 (3) 火力発電所整備事業計画
6. ケース・スタディにおける統合的プロジェクト評価手法の検証
 (1) ケース・スタディ1:開発途上国の道路プロジェクト(1)
 (2) ケース・スタディ2:開発途上国の道路プロジェクト(2)
 (3) ケース・スタディ3:開発途上国の火力発電所プロジェクト
 (4) ケース・スタディ4:道路プロジェクトのモデルケース
 (5) ケース・スタディ5:火力発電所プロジェクトのモデルケース
7. まとめと今後の課題
本論文では、持続可能な開発の実現に向けて、開発途上国における開発プロジェクトを、 開発と環境の調和の視点から統合的に評価するプロジェクト評価手法を構築し、 その有効性を道路及び火力発電所プロジェクトのケース・スタディによって検証した。 なお、開発プロジェクトは、「開発途上国における開発のための公共投資事業」と定義した。

開発途上国の持続可能な開発の実現のためには、貧困削減、インフラ整備、環境破壊という「開発のトリレンマ」を解決する必要があるという認識から、 伝統的なプロジェクト評価による経済効率性の評価と環境影響評価に基づく環境負荷を、 次式のエコ・エフィシャンシーの概念によって統合的に評価する統合的プロジェクト評価手法の構築を図った。

エコ・エフィシャンシー = 総環境負荷量/純現在価値 (式1)

式1において、分子の総環境負荷量は、環境会計のエコバランス理論の流れを汲み、わが国の法体系に準拠して作成されたJEPIX(Environmental Policy Priorities Index for Japan: 環境政策的優先度指数日本版)のエコファクター(無名数の仮想単位)によって統合化して求めることとした。また、分母の純現在価値は、プロジェクト・ベネフィットから環境保全コストを含むプロジェクト・コストを差し引いて得られる純便益のキャッシュ・フローを、公共投資割引率で割り引いて求めることとした。

式1の有効性を検証するため、まず、情報公開されているわが国の道路整備事業計画と火力発電所整備事業計画に係る環境影響評価書の基礎データに基づいて、総環境負荷量を算出する方法を導き出した。しかし、環境影響評価書に対応する費用対効果分析のデータの入手が困難であったため、エコ・エフィシャンシーの有効性の検証は出来なかった。

ついで、わが国の政府開発援助によって実施された開発途上国の道路及び火力発電所プロジェクトについて、本手法に基づいて再評価を行った。しかし、本手法は、方法論として適用可能ではあったが、入手可能データの限界もあったため、その有効性について確証は得られなかった。

このため、世界銀行の審査報告書のデータを基にして、道路および火力発電所プロジェクトの仮想的モデルケースを設定し、本手法を適用してエコ・エフィシャンシーの変化について感度分析を行った。

その結果、道路プロジェクトの代替案の比較評価に関しては、エコ・エフィシャンシーによる評価の有効性に限界があることが明らかとなった。この理由は、道路プロジェクトは交通需要の変数であり、環境負荷量の差異をコントロールできる要因が、自動車の平均走速度のみであることによるものと考える。しかし、道路プロジェクトの評価においても、開発重視の政策と環境重視の政策を比較評価する場合に、エコ・エフィシャンシーによる基準が意思決定者の判断材料の一つになり得るのではないかと考える。

一方、火力発電所プロジェクトに関しては、大気汚染対策としての排煙脱硫装置および排煙脱硝装置の設置に伴う環境保全コストの増大と、それによる硫黄酸化物と窒素酸化物の削減という環境保全効果の増大の影響が、エコ・エフィシャンシーの基準によって定量的に評価できることが明らかとなった。

以上のことから、統合的プロジェクト評価手法は、道路プロジェクトの評価に関しては有効性に限界があるが、火力発電所プロジェクトの評価に関しては有効であることが検証された。

今後の課題としては、以下の4つが挙げられる。
 (1) JEPIXの改良あるいはデータの信頼性の向上。
 (2) 開発途上国におけるJEPIXに相当する環境負荷の統合化指標の開発。
 (3) 開発プロジェクトの環境保全コストおよび環境保全効果の定量化の方法の開発。
 (4) 戦略的環境アセスメントへの適用に向けた本手法の洗練化・簡素化。
今後、上記の諸課題の解決に向かって、さらに研究を深めて行きたいと考える。
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環境平和創造理論へのウェント国際政治社会理論の導入の試み
桂井太郎
1. 序論
 (1) 環境平和創造理論の現状
 (2) 環境平和創造理論の問題点
 (3) 本論の構成
2. ウェントの国際政治社会理論の概要
 (1) 現実主義(REALISM)と新現実主義(NEO-REALISM)
 (2) ネオリベラル制度主義(NEO-LIBERAL INSTITUTIONALISM)
 (3) ウェントの国際政治社会理論
3. 国際政治社会理論の環境平和創造への導入
 (1) 第1の問題点の解決
 (2) 第2の問題点の解決
 (3) 第3の問題点の解決
4. 結論
環境平和創造とは緊張関係にある国家間において実施される環境協力が、その国家間における環境問題を解決するにとどまらず、平和を進展させるという仮説である。ケン・コンカ(Ken Conca)は、"Environmental Cooperation and International Peace" (2001)において、国際関係論、特にネオリベラル制度論における各種仮説や理論をもとに、環境平和創造の理論構築を試みた。さらに、ジェフリー・ダベルコ(Geoffrey D. Dabelko)との編著Environmental Peacemaking (2002)では、環境平和創造理論の事例研究として、バルト海、南アジア、アラル海、南アフリカ、カスピ海、米国・メキシコ国境の6地域における国際環境協力事例を取り上げ、環境平和創造理論の実証及び補強を試みた。その結果、環境平和創造が達成されるメカニズムとして、同時進行する2つの経路――「交渉環境(contractual environment)の改善」(第1経路)と「ポスト・ウェストファリア体制のガバナンスの強化」(第2経路)――が明らかとなった。

コンカの環境平和創造理論に対しては、これまで様々な問題点が提起されてきた。しかし、そのほとんどは理論的枠組みの有効性を実証するための事例研究の数および質につての批判であった。それらの批判は妥当であるものの、より重要な問題として環境平和創造の理論的枠組み自体に大きな不完全性が存在することが、これまでは見落とされていた。本論では、環境平和創造の理論的枠組みついて3つの問題点が提起した。

第1の問題点は、環境協力によって近代主権国家システムを超越した国際システム、すなわちポスト・ウェストファリア体制が強化されるとコンカは述べるが、近代主権国家体制が揺らぐことは想像し難いことである。第2の問題点は、環境平和創造が達成される2つの経路の関係性が明確でないことである。コンカは2つの経路は同時に進行すると述べるが、そうであるならばそれらを統合する、すなわち関係を説明する枠組みが求められるものの、コンカはその枠組みを提示していない。第3の問題点は、環境協力によって「信頼」などが醸成されるとするが、これらの効果は環境問題に取り組むうえでの効果であり、平和にとって重要な安全保障分野における「信頼」ではないことである。すなわちコンカは、環境問題に取り組むうえでの「信頼醸成」が安全保障分野における「信頼醸成」へと波及することを、暗黙のうちに期待している。

本論では、環境平和創造理論に、国家の理念や文化に重点をおいて国際システムの分析を試みるウェント(Alexander Wendt)の「国際政治社会理論」を導入することによって、上記3つの問題点の解決を試みた。

第1の問題点は第2経路の実現可能性についてであるが、そもそも第2経路が必要であるとコンカが考えた理由は、紛争の根本的な原因は国家の存在それ自体にあると考えたためである。コンカは国際構造は不変であると考えたため、平和を創造するには国家を超越する経路が必要との結論に達したのであった。したがって、国家のアイデンティティやアナーキーは相互作用によって変わりうるとするウェントの国際政治社会理論を導入することによって、第1の問題点は解決される。すなわち、環境協力の直接的効果とは、「脱社会相互依存の深化」と「脱国家市民社会の成長」のままであるが、それは国家を超越するのではなく、国家のアイデンティティの再定義を促進し、平和的な国際構造が構成されるのである。

環境平和創造に国際政治社会理論を取り入れると、環境協力の直接的効果は全て、集合アイデンティティ形成という一つのプロセスに統合される。すなわち第2の問題点が解決される。具体的には、環境平和創造理論に国際政治社会理論を導入した場合、環境平和創造のメカニズムは次のとおりとなる。(1) 環境協力は、国家間における「信頼醸成」、「不確実性の低減」、「未来の影の拡大」、「協力の習慣」、「相互依存の深化」、「脱国家市民社会の拡大」を生む。(2) それらは、「集合アイデンティティ」形成を促進する変数、すなわち「相互依存」、「共通の運命」、「同質性」、「自己抑制」のどれかを影響する。(3)それによって集合アイデンティティが形成され、構造変動が起きる。

第3の問題点については、「信頼の解き放ち理論」を補完的に取り入れ、環境協力によって「信頼」ではなく「一般的信頼」が醸成された場合、安全保障分野に波及する集合アイデンティティ形成が可能であることを示した。
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貧困人口削減への取り組みと課題
−一つの手段としての出生抑制の観点から−

岩田雅子
1. はじめに
2. 開発途上国における人口増加と貧困の関わり
 (1) 人口増加が貧困に与える影響
 (2) 貧困に対する出生抑制の効果
3. 世界人口と貧困の現状
 (1) 世界人口の増加
 (2) 貧困人口の推移
 (3) 人口増加と貧困に対する国際社会の見方
4. 途上国の人口増加
 (1) 人口増加の原因
 (2) 人口分野の援助が必要とされる国
5. 人口分野の援助の変遷
 (1) 国際機関の援助
 (2) 先進国の援助
 (3) NGOによる活動
6. 日本の人口分野援助
 (1) 人口分野ODAの歴史
 (2) ODAプロジェクトの内容と成果
 (3) 日本のNGOの活動
 (4) 日本の人口援助拡充への課題
人口増加の抑制は、貧困削減対策の一端を担う小さなテーマにすぎないが、国によっては早急に解決しなければならない重要な問題でもある。1970年代にはもともと人口過密であったアジア地域の多くの途上国が、大幅な出生率低下を果たしている。急激な人口増加によって経済成長、社会開発が阻害されるとして人口抑制政策を実行した成果である。このアジア地域での人口増加率の低下が国際社会の人口増加に対する関心を薄れさせてしまった。しかし、全ての国で人口増加による悪影響が取り除かれたわけではない。特にサブサハラアフリカでは合計出生率が5.4と非常に高く、様々な面で発展を妨げている。

世界人口は1960年の30億人から2000年の60億人へと膨らんだ。わずか40年で人口が倍増したことで顕在化したのが環境問題である。自然環境の破壊・汚染、天然資源の枯渇が急速に進んだことで、先進国では持続可能な開発を行わなければならないという考え方が広まったが、生活の糧を天然資源に負うところの大きい途上国では人口増加に伴い資源の収奪が加速している。そして利用可能な農地や水といった資源に余裕がなくなると、一人当たりの取り分が減少し、人々の生活を圧迫するといった状況に陥ってしまう。

人口増加とそれをもたらす高出生率には、保健衛生や教育面に悪影響を与えるという問題も含まれている。出産によって命を落とす可能性の高い途上国では、出産の回数が多いことは望ましいことではない。途上国だけで毎年50万人もの女性が出産で死亡しており、家庭を守る母親を失うことは家族にとって大きい負担であるばかりでなく、社会全体にとっても大きな損失である。たとえ母子ともに無事であったとしても、子供の数が増えれば家庭内での育児の負担は増え、母親が面倒を見ることができなければ年長の子供が育児を手伝うことになり、子供の教育の機会が奪われてしまう。国民が教育を受けていないということはその国の経済発展にとってもマイナスであり、全ての子どもが教育を受けられる家族規模を実現しなければならない。

高出生率と人口増加がもたらす、充分な農地を確保できない、安全な水にアクセスできない、出産の危険を回避できない、教育を受けることができない、といった状態は全て貧困の一要素であると考えられている。家族計画の普及、リプロダクティブ・ヘルスの向上によって持続可能な規模に人口を抑制することはこれら貧困の要素を取り除き、生活水準を向上させることに効果がある。特に出生抑制により妊娠・出産・育児の負担を軽減することは女性と子供の権利向上の効果も期待でき、女性の地位向上を目指す国際的な潮流にも見合うものである。また、人口抑制対策は最終的な人口安定という目標が達成されるまでには非常に長い期間を要するものであり、将来的に人口構造のひずみを招かないためにも、できるだけ早い段階での対応が必要なのである。

国際社会は1950年代から人口援助を行い、これらの問題に対処してきている。特にスウェーデンは早くから女性の妊娠と出産に関する状況改善の観点にたって援助を行っており、米国は持続可能な開発と調和する規模の人口を維持するために人口援助に力を入れてきた。国連人口基金(UNFPA)はもちろん、世界銀行などの国際機関も人口問題の解決は重視しており、その援助プロジェクトの実施にあたっては欧米の国際的NGOの協力が大きな役割を果たしている。これら援助の成果もあり、世界全体でみれば人口増加率は低下してきている。しかし、最も貧しい地域で依然として人口増加率が高いことが発展を妨げており、出生抑制を促す援助を継続していかなければならない。

日本はUNFPAへの拠出額は大きいが、特に人口分野の援助に重点を置いているわけではない。しかし、日本自身も終戦後の高死亡率・高出生率の状態から短期間で低死亡率・低出生率の人口構造へ転換を果たしており、また急速な人口対策が少子高齢化という新たな問題を引き起こすことも経験として学んでいる。この比較的新しい経験を最大限に活用し、とりわけ出生抑制の分野で日本として特長のある効果的な援助ができると考えられる。日本の経験を途上国に伝えることを目的に設立された家族計画国際協力財団(ジョイセフ)は日本の人口援助に多大な貢献をしてきたが、今後はより多くの対象国で質の高い援助を行うために、新たな協力団体が必要になってくる。近年育ち始めた日本のNGOがODAとの連携によって強化され、日本の援助を支える存在となることが期待される。
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社会構造変化と国際協力プロジェクト
−インドネシア共和国における地方分権化および地方自治のインパクトを例として−

齋藤克栄
1. はじめに
 (1) 背景および研究目的
 (2) 研究方法・アプローチ
2. インドネシアにおける地方分権化および地方自治
 はじめに
 (1) 地方分権化および地方自治への経緯
 (2) 1999年の地方分権化2法以前の地方分権化および地方自治
 (3) ポスト・スハルト期の地方分権化および地方自治の法律的枠組み
 (4) 地方分権化および地方自治の施行の現状
 (5) 法律1999年第22号および1999年第25号の改定の動向
 (6) 地方政府の立法能力
 (7) 分権に対する意識調査
 (8) 地方分権化の明暗
 (9) 社会構造変化に対する国際機関および先進国の援助
3. 先行事例研究:西スマトラ水源開発プロジェクト
 はじめに
 (1) ポスト・スハルト(ポスト・新秩序、Post-New Order)時代の開発プロジェクト
 (2) 西スマトラのミナンカバウ(Minangkabau)
 (3) バルア ブキック(Baruah Bukik)における地域社会の為の水源開発
 (4) シマブール(Simabur)村における水源開発
 (5) 西スマトラのケース・スタディからの教訓
4. 社会構造変化の国際協力プロジェクトへのインパクト−環境モニタリング改善プロジェクトを通して
 はじめに
 (1) プロジェクトの概要
 (2) 新しい環境管理法、地方分権化、省の改編・統合による環境の変化
 (3) RMCDプロジェクトにより測定機器が導入されたラボの状況、比較、
 および地方分権のインパクト
5. まとめと提言
 はじめに
 (1) インドネシアの地方分権化および地方自治の特徴、現状、問題
 (2) 地方分権化および地方自治という社会構造変化と国際協力プロジェクト
 (3) 地方分権化における国際協力のあり方
1997年7月のアジア通貨危機は、東アジアの国において経済面は勿論のこと、政治的、社会的な面に対しても構造的変化をもたらした。この危機の影響を最も深刻に受けたインドネシアでは、30年以上の安定政権を誇ったスハルト政権は1998年5月に崩壊し、その後、民主化や地方分権化が急速に進んだ。2001年から施行された新地方分権法により、多くの権限が地方政府に移管された。
これまでの強力な中央集権体制からの急激な変化の状況下で、地方分権化および地方自治がどのように進められているのかについて、その特徴、現状、問題を分析した。地方の県・市政府への意思決定および財源の移管という構造的な変化の下で、国際協力プロジェクトが、どの様に遂行されてきたかについて、インドネシアを一つの検証フィールドとして調査し、その問題点、またこの様な変化にいかに対応したのかを考察した。具体的には、先行研究調査に加え、国際協力プロジェクトをケース・スタディとして取り上げ、とくに、地方分権化に伴うアクターの変化(中央政府から県・市政府、市民・コミュニティへ)に着目し、国際協力プロジェクトが、地方分権化の動きの下でいかに進められるべきかについて考察し、提言を試みた。

1999年の地方分権化2法は、公開での議論も無く、国民の認知度も低い中で制定され、しかも1年半程の短い準備期間の後、2001年1月より施行された。しかしながら、分権に対する2003年1月の意識調査によると、国民のほぼ3分の2の大多数が地方分権化および地方自治を支持していることを示していた。この法律によって広範囲の公的サービス提供の役割を県および市に法的に移転し、地方の総務機構を監視・管理する広範囲の権力を有する、選挙で選任された地方評議会の権力を強化した。財政収支においては、地方の経済力を自立させ、参加型で説明責任を持つ財政システムを構築する事を目指した。地方分権化の過程において、プラスとマイナス面が見られる。プラス面としては、一村一品運動による地域開発、市民の関与が法制定の過程で正当化された事、地方での司法権の独立性などが挙げられる。また、マイナス面として、地方政府と中央政府の対立、汚職の中央から地方へ拡大、賦課金による輸送コストの上昇などが挙げられる。また、天然資源が地方政府の主要な財源になり、この事が過度な開発を起こし、天然資源の保全・保護に悪影響を及ぼす危険性がある。

この地方分権化政策は、IMF、世界銀行が進める構造調整プログラムの考え方とも合致しており、国際機関および先進国から手厚い支援を受ける事が出来た。これらの支援は、プロセス全体にわたるものであり、地方政府の行政能力の不足に対応するキャパシティ・ビルディング、地方政府の立法を手助けする法整備支援など広範囲に及ぶものである。ドイツ技術協力公社(GTZ)が先駆的に活動している。

西スマトラ水源開発の先行事例は、スハルト時代とポスト・スハルト時代におけるプロジェクトの成否に対する示唆を提供しており、それは、住民の必要性を理解する政府と、強い伝統的なソーシャル・キャピタルであるgotong royong(相互扶助)を持つ地域住民との間の良好な協調による。円借款プロジェクトである環境モニタリング改善プロジェクトは、地方分権化および地方自治の動きの中で完了した事業であり、また、筆者が本事業の事後評価に現地調査も含め関わった事の理由により選定した。社会構造変化のインパクトとして、組織変更により実施時の担当であったBAPEDAL(環境管理庁)はもはや独立した機関でなくなり、新規の環境省の下に統合された事が挙げられる。また、測定機器が導入された地方ラボは、これまではセクター別省庁に所属していたが、省庁の抜本的改編により、州のBAPEDALDAの指揮下におかれる予定である。地方ラボのスタッフの待遇は、国家公務員から地方公務員にと変更された。この地方分権化のマイナスの影響は、マカッサルPU地方ラボにおいて見られた。各地域で環境モニタリング能力を向上するには、現在総合的に良いラボを COEとし中核にして、他のラボとの交流・トレーニングを実施すべきであると言える。

スハルト時代においては、地方政府、政府機関により、一方的にプロジェクトが進められ、地域社会に残っている伝統的価値観、ソーシャル・キャピタルに対して考慮し、活用しようとする姿勢は見られなかった。しかし、地方分権化以後見られるように、アクターが多様化し、地域社会、地域産業、NGOs、メディア、大学・専門家、地方議会というアクターが重要な位置を占めるようになってきた。今後は県知事・市長へドナー側との交渉窓口が移行していくと考えられる。この場合、県・市政府組織のプロジェクト管理、財政管理、調整・交渉能力の如何が、プロジェクトの成否の鍵を握っているので、プロジェクト遂行においてこの点を重要視すべきである。資金の流れにおける変化は、州・県・市の地方政府が資本市場より資金を調達できるようになった事である。日本側NGOsからインドネシアNGOsに対し、草の根無償および日本NGO支援無償の資金協力を活用する事も今後増えていくと予想される。これらの変化は、ドナー側にもインパクトをもたらし、アクターの多様化および援助協調を多面的に、そして有機的に対応できる姿勢が求められており、この様な変化に対応できる人材の育成および手法の開発をも考慮すべきである。
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