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中小トラック運送事業者の環境経営導入は企業の強みとなるか
−中小トラック事業者のための環境経営の戦略的導入方法の試み−
安藤 公一
1. 地球温暖化とトラック輸送
(1) 地球温暖化と人為的温室効果ガスCO2
(2) 地球温暖化と自動車、そして社会的費用
(3) トラック輸送と地球温暖化対策
2. 先進の環境経営、成功事例研究:リコーロジスティクス株式会社
(1) 事例研究の狙い、目的、方法について
(2) リコーグループの環境経営
(3) 物流子会社リコーロジスティクス:利益創出する環境経営
(4) 事例研究のまとめ
3. 中小トラック運送業者のための環境経営の戦略的導入方法の試み
(1) トラック運送業界と中小トラック運送事業者の会社体質の問題点
(2) 企業理念の見直し
(3) マーケティング戦略作り
(4) サービス・マーケティングと人材の採用・育成
(5) EMSの選択と補完する業務評価システム(バランスト・スコアカード)の構築
4. まとめ
本修士論文では中小企業において環境保全と経営(利潤追求)が両立するのかという基本的な問題に対する考察を深めることを目的としている。とくに、中小トラック運送事業者を対象に具体的に環境経営を戦略的に導入することによって競争優位な経営成果をあげることができるのかという点を調査・検討することが本研究の重要な課題である。
これまで物流関係の先行研究は多くなされているが、それらは発注者である大手メーカーを中心とする調達・生産・流通・在庫管理・情報システム等に係わる荷主企業の物流、ロジスティクスに関するものが多い。それらのキーワードとしてはサプライ・チェーン・マネジメント(SCM)やサード・パーティ・ロジスティクス(3PL)等などである。しかし、物流業界を底辺で支えているのは中小零細企業であるにもかかわらず、それらの中小トラック運送業を対象とする文献は少ないのが現状である。物流関係で環境保全に係わる文献も多く出されるようになったが、中小トラック運送業を対象とした環境経営導入に関する研究は極めて少ないと思われる。本研究はこの点に着目し、中小トラック運送業事業者へ環境経営の取り組みに関する提言を試みたものである。
中小トラック運送事業者は昭和48年のオイルショック以降、貨物運送の量的変化と質的変化を経験してきた。バブル崩壊後の長期間の不況という問題を抱えるなか、現代の環境問題への対応という社会的要請に対して、すでに数年前から経営者の意識と企業組織の変革を迫られる状況になっていた。企業経営者にとって経営の在り方を変化さる必要があるという状況は理解できていても、現実的には困難な問題も山積されている一面もあるように思われる。中小規模のトラック運送事業者の場合、戦後数回あった好景気の時期に取引先(多くは大手メーカー)の成長と共に事業規模を拡大してきた企業が多い。これは言い換えれば、中小トラック運送事業者運輸会社の成長は自己の創意・努力によるのもではなく、取引先に恵まれたという「運」によるところが多い。このため、長年特定の取引先荷主企業に依存する比率の多い中小トラック運送事業者はここ数年続いたデフレ・スパイラルと言われた時期に取引先の経営環境の急激な変貌に対し、自助努力として組織変革の方法を見出すことができず場当たり的な対処療法を施してきたと言えよう。このためこの効果は持続せず、悪循環を起こし泥沼の深みから脱出することができない状況にいる。そして物流コストの見直しによる運賃の値引きと荷量の激減、宅配や新規参入企業による過当競争ならびに環境対策費負担増等、三重四重にもマイナス要因が重なっている。本研究では中小運送事業者が独立企業として自立するためのひとつのツールとして、環境経営を導入する手法とその仕組み作りの方法を探り提言するものである。さらに、創業時の経営基本理念(基本的価値観と存在理由)に立ち返り、競争優位な企業へ変革できる事例を検証する。
第1章では、地球温暖化による気象異変の現状をふまえつつ、産業革命以来の大量生産・大量消費・大量廃棄による高度経済成長時代に大きな役割を果たした自動車の利便性、トラック輸送の歴史とその役割などについて概観している。さらには、物流業界に課せられた環境対応・安全対策の現状と中小運輸業者の抱える諸問題等について述べている。
第2章では、環境経営の先進的成功事例であるリコーグループのリコーロジスティクス株式会社を調査した内容をまとめている。調査結果は次のとおりである。同社が環境経営に取り組む動機は、リコーグループ全体の経営戦略として「環境で企業ブランドを立て直す」というトップの強い意志に基づいている。トップランナーとして世界一の環境経営を目指すため、経営のあらゆる側面に「環境」の視点を取り入れ、事業活動における環境負荷の低減を見直し新たな経済価値を創出している。リコーグループ全員で、環境保全活動と利益創出の同時実現に取り組み、リコーグループ全員参加の環境経営活動の一環としてリコーロジスティクス(株)において環境経営の取り組みと環境マネジメントシステム(EMS)の構築が推進された。具体的には、リコーロジスティクス(株)のISO14001認証取得は1999年1月より準備に取りかかり、2000年12月に認証取得ができた。2000年当時4サイトで取得した。2004年3月現在、リコーロジスティクス(株)グループ97サイトで取得済みである。また、ゼロエミッション物流センターが17拠点で実現されている。環境経営の基本的取り組みの考え方は、環境保全活動、企業の社会的責任CSR、法令遵守、EMS、リスク・マネジメント等を、それぞれ個別的な側面として考えるのではなく、すべて一体として捉えている。経営のあらゆる側面に「環境」の視点を取り入れ、事業活動の環境負荷の低減見直す事例として、リスク管理におけるクレーム処理の問題がある。顧客からのクレームを処理するために、一件の事故で何回も顧客に出向き、誠意ある対応をしてようやくご容赦していただくことができる。これに費やした時間・経費や訪問のために消費した燃料コスト等を計算、あるいはCO2換算しただけでも年間合計すると膨大なものになる。すなわち、エンド・オブ・パイプ的なクレーム処理は大変コストがかかることを意味している。このクレームを事前に防止するリスク・マネジメントを徹底させる。年間で考えれば大きなコストダウンになり、結果としてCO2の削減に寄与する。環境方針に基づき、大気汚染防止と省エネルギー・省資源化、廃棄物の削減・回収リサイクルそして教育訓練・支援・啓蒙活動に努めている。経営層による継続的な見直しについては経営会議において年間2回ほど経営目的と目標数値実績についての見直しをする。6ヶ月に一回全マネージャーが出席し、環境経済活動結果と今後の取り組み計画を発表説明している。ISO内部監査では、独自のEMSセルフチェックリストを作成し、ISOの基本項目を適合性チェックとし、さらに利益創出など有効性チェックの項目を設けている。少なくとも6ヶ月毎に全従業員に環境教育を行っている。また協力運送会社の運転手に対しても環境教育を実施し、さらに「顧客満足ドライバー」として年4回評価し、一年間の集計に基づいて優秀者を表彰している。
第3章では、中小トラック運送事業者のための環境経営の戦略的導入方法の試案について考察し次のように提言した。
@企業(経営)理念の見直し:中小企業経営の根幹は、経営者の意志である。そして、中小零細規模であっても、独立企業としてのプライドを持ち、存在意義・目的、強みを自覚する。企業理念は、マーケティングとマネジメントを統括する非常に強力なツールとして見直し、設計する。
Aマーケティング戦略設計図:経営の推進役、エンジンであるマーケティングが不在である多くのトラック運送事業者に対し、サービス業のマーケティング・マネジメントを参考にして、長所・強みを絞り込んだニッチ戦略のマーケティング基本設計図を作る。環境対応商品としては、環境型梱包の提案を始めの一歩とする。
B企業理念と社会的責任に基づく環境マネジメントシステム(EMS)の選別と導入:法的強制力に被害者意識で対応するのではなく、企業理念に基づく行動規範と使命、社会的責任(CSR)を掲げ、環境対策・安全管理・法令遵守をし、積極的環境負荷低減活動を行う。企業理念とマーケティングの設計に基づき、企業レベルに合わせEMSを選別し導入する。
C戦略的目標管理制度(バランスト・スコアカード):EMSのPDCAサイクルによる継続的見直し、スパイラルアップの壁、空白を補完するものとしてマーケティングとマネジメントを統括管理する業績評価指標として戦略的目標管理制度(バランスト・スコアカード)を中小トラック運送事業者向けに簡略化し活用する。
D人材の採用・教育・評価見直し:「経営(理念)=マネジメント+マーケティング」の戦略設計図に基づき、荷主企業の顧客満足に関わる最終接点で顧客ロイヤルティを獲得できる現場対応力、人材を育成する。戦略的目標管理制度(バランスト・スコアカード)とリンクさせ、採用・教育・評価と給与システムを見直す。本来サービス業のマーケティングを志向する場合、人材採用の段階から見直す必要がある。
以上によって環境経営の全員参加を実現させる仕組みを作るものである。なお「自社の強みと売り」については是非理解して取り入れるべきである。できればパソコンのできる従業員(または自分の子供など)に協力してもらい、手作りの会社案内を作成することを薦める。会社理念・行動規範・環境対策・社会への貢献を明確にアピールし、会社概要(自社の保有する車両・設備、人材・資格・技術・サービス等)を作り、自社の特徴を整理し、お客様に選ばれる理由、「ありがとう」言われる利点とお客様に提供できるメリットが表現され、記憶に残る独自のキャッチ・フレーズができれば充分な営業ツールとなる。ましてやデジカメで現場の写真が掲載できればベストである。長年取引している特定荷主企業でも自社対応できる物流サービスを知っている人が少ないことに驚く。そして自信がつけば、上記で作った会社案内をもって長所伸張型営業作戦として既存のサービスを同じ業種・業態の新規荷主企業に宣伝する。これにより本格的に開拓型営業を展開し、将来的には3PL(サード・パーティ・ロジスティクス)を目指すこともできるのである。
第4章では本研究をまとめ、今後の課題を述べる。本研究ではEMSの導入とそれを補完するバランスト・スコアカードの相関的導入ミックスが効果的であることを結論づけた。本来ISO14001には環境目的・環境方針を達成する使命とプロセスの視点はあるが、その活動と企業の利益の判断基準となる財務指標との相関関係がなかったと思われる。そして非財務指標である顧客の視点により戦略目標が絞られ、学習・成長の視点で従業員の意欲的なパーフォーマンスが生み出され、よってISO14001のPDCAサイクルを促進補完し、継続的な見直しの可能性と効果が期待できる。例えば、バランスト・スコアカードの戦略マップに見られるように、戦略目標の因果関係において環境効率を向上させることとコスト削減が相関し、3Rの促進が売上高増加に相関する。環境効率の向上や3Rを促進させる戦略目標に対して、ISO14001で取り上げる著しい環境側面やリスク・マネジメント項目が重要成功要因や業務評価指標、数値目標・アクションプランにつながる。これらのことと、業務の視点におけるEMS導入と構築ならびに業務評価システムが連動して機能する。そして学習成長の視点において環境教育・原価意識教育、ドライバーの多機能化が相関し、従業員満足度を向上させる。これらが関連し、顧客に対して低価格と高品質、3Rを促進する環境保全のニッチ戦略として顧客満足度を向上させるサービスの提供がなされる。その結果、売上高の向上とコスト削減が実現され企業利益の創出となる。この導入方法により、中小運送業者であっても環境・安全・法令遵守し、リスク・マネジメント体制が整い、環境保全とコスト削減の同時実現を図り、利益を創出することが可能になると思われる。この段階に達する経緯において、ただ運ぶだけの後処理型の物流管理レベルから脱皮が図られ、価格交渉力を持つ健全なトラック運送事業の経営が実現される。そして国土交通省が推奨する環境効率(物流効率)を高める3PLを行う企業への飛躍的発展も可能になるものと思われる。
(なお,本研究を進めるにあたり,リコーロジスティクス株式会社経営管理本部・菅田勝副本部長兼総務部長・CSR推進室長には、本修士論文の趣旨をご理解いただき、熱意あるご指導を賜り、謹んで感謝申し上げたい。)
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持続可能な地域形成の人的資源管理(HRM)
−ガバナンス型自治体に向けた組織と人材育成に関する考察−
楯 吉彦
1. 問題意識
2. 持続可能な地域形成の主体
(1)持続可能な発展の方向性
(2)地域の多様な主体間の連携・協働
3. 自治体のエンパワーメント
(1)自治体の機能変容
(2)事業戦略としての環境政策
4. ガバナンスによる環境適応組織
(1)行政組織モデルの変化
(2)組織の動態化
(3)「ガバナンス型」自治体に向けて
5. ガバナンス型自治体の人的資源管理(HRM)
(1) 地方公務員の制度と公務研修
(2) 自治体職員の意識と行動
(3) 人事管理(PM)から人的資源管理(HRM)へ
私たちは、今、環境適応に直面している。生活者は各自の生活様式を問い直すこと、企業や団体は、それぞれの組織と構成員が環境に関わり合い、連携・協働して役割分担などに取組むことが求められている。特に行政の果たす役割・機能は重要であり、従前の政治や行政の枠組みを超えた環境適応に柔軟な組織構造の確立とともに、首長のリーダーシップ発揮とそれに与する職員の資質・能力の多様化・高度化が重要課題である。自治体は地域において、組織による新たな対応、職員による新たな役割・行動を迫られ、その成否が地域における環境創造の成功の鍵(Key Factor for Success)になるであろう。地域の行政が取組む経営変革は、地域住民が元気に暮らし続けていくことを実感できることであり、自立(自律)性と持続可能性(Sustainability)の実現を目指すことでもあり、時代の要請でもある。それらの経営変革事例は、多方面から多くの関心を寄せている。先駆自持続可能性を普遍的な基本理念とする自治体や自立(自律)性を基軸とする共治(public governance)型自治体に関する研究(特に人的資源管理)は、未だ途上にあるように推測される。本論文は、自治体の環境対応戦略(事業・組織・人材面)から、共治による自立(自律)性と持続可能性を適える人的資源管理(Human Resource Management)のあり方の方向性を考察する。ただし、物的循環を基礎とする循環型社会や環境法令に関する検討と考察は除外して、組織と人材に視座を据えていることをあらかじめ断っておきたい。
2.の持続可能な社会や地域の構築を目指すには、人類の知の枠組みを構成する専門科学の諸分野のさまざまな角度から課題にアプローチできる包括的な枠組と方向性が必要になる。その方向性について、今までの行政中心から住民に基軸をおいた自治体の経営変革(使命、戦略、組織構造、人材)に視座を据え、包括的な枠組に重点を置いて探究することが実際的であろう。持続可能な地域形成の主体は、地域の多様な構成員であることはもちろん、特に行政の果たす役割は大きい。地域住民の生活に直結する役割を担い、地域・住民と国や国際社会との接点にある。自然環境の保全や公害問題などの対処は、国よりも先駆的な役割を果たしてきた実績がある。持続可能な地域形成の前提は、住民が自らの意識と生活行動の足元を顧みて、日常生活の四周の社会の歪みや捩れに気づき、持続可能性に関わる価値観や倫理観などを見直すことである。重要課題の一つは、地域を構成する主体それぞれが、相互の連携・協働を図りながら、ベクトルを合わせて地域の環境政策の方向性を共有する仕組みを創ることである。地域の行政は、地域の環境政策の方向性を定め、環境政策を担う主体であり、議会を介した法手続きを行うなど地域の各主体間のコーディネイターでもある。従って、行政に基軸を置いた統治型の地域経営から、住民など多様な主体に基軸を置く共治型の地域経営に変革していくことが成功の鍵になると考えられる。
3.戦後の地方自治制度を支える役割を果たしてきた地方公務員制度は、グローバルな政治・経済・社会情勢の変化、地域住民の意識や価値観の変化により、その制度および運用の見直しを迫られている。行政の役割・手法の転換は、公務概念の変動と自治体の役割・機能の変容を促し、自治体職員の位置づけや人的資源のあり方など課題は多い。自治体は、各種の製品やサービスを購入・消費し、建造物を維持管理するなど事業者・消費者として経済活動を行い、経済活動全体のうち公的部門の最終消費支出の占める割合は大きい。機能変容した自治体の政策目的、戦略、事業の現状を整理のうえ、自治体が、経営組織体として環境適応するための3戦略を具現する3側面(事業面・組織面・人材面)について事例を用いて検討する。役割・手法の転換により、自治体は、旧来の政治や行政の枠組みを超えて、ガバナンスによる環境への配慮を怠れなくなっている。全ての行政施策の根幹に、統合した地域環境政策を展開する発想が求められ、それらに関わる自治体職員の役割と人材の位置づけが課題になる。
4.では、地域の持続可能性に視座を据えて、自治体の機能変容と経営変革を促し、それらを推進する行政組織のあり方について検討を進める。近代組織モデルの変遷、日本の組織特性と事業・仕事に最適な組織の理念型そして行政組織モデルに関する考え方を整理して、自治体の組織の動態化の事例を検討する。そして、ガバナンスに関する先行研究から、ガバナンスの現状、自治体のガバナンスの方向性を見出し、地域の実情を踏まえたガバナンスを実現するための事業・組織・人材の戦略有する自治体、地域全体にオープンな行政組織のあり方を考察する。環境変化に対応する自治体の戦略(事業・組織・人材)のうち、外部から見えにくいのは組織と人材である。関心の集まりやすい事業の成否は、組織と人材にあると言える。
5.では、地方公務員制度の課題および方向性を概観のうえ、職階制と公務研修の現状(自治体の目指す視点と取組み・職員の基本姿勢の事例を含む)を整理する。分権型社会の実現や持続可能な地域形成を目指す多くの課題のうち、基本的かつ共通するのは、自治体職員の意識改革であろう。1990年代後半一部の自治体では行財政改革が始まり、組織の動態化や人材育成基本方針の策定などを契機に職員の資質・能力の見直しも行われるようになった。それらが、どこまで進んでいるかに関する実証的データは不確かであり、それぞれの自治体が試行を重ねているのが現状と推測される。管理者の地域における協働に関する意識、一般職員の対住民関係に関する傾向について事例により検討する。自治体職員は、地域住民やNPOなど市民活動団体との話合い、意見集約、合意形成などの場面で、さまざまなコミュニケーションを行う。コミュニケーションの多くは、「言葉」という不完全な手段に伴う障害を生じること、さらに、自己認知と他者認知とのギャップに気づくことは、相互の信頼関係を築くうえで重要なポイントと言える。地域住民の市民活動団体から見た自治体の一般職員の対住民関係―住民の自己認知と住民の自治体一般職員に対する他者認知―の傾向について、事例をもとに考察する。人事管理から人的資源管理へでは、従前の人事・労務管理、特に人事管理から人的資源管理へのシフトについて、自治体における人的資源の計画・活用・開発の現状と人的資源管理の課題と方向性を考察する。旧来の政治や行政の枠組みを超えて、多様な主体との連携・協働による持続可能なガバナンスに向けたガバナンス型自治体の人的資源管理のあり方の展望を試みる。自治体における人的資源管理の課題は3点ある。第1は、自治体の経営ビジョンに、ガバナンスによる地域の自立(自律)性と持続可能性の実現に向けた経営変革を明示することである。第2は、その経営変革に人的資源の長期計画を具現することである。第3は、公務研修で指摘した人的資源開発(HRD)が優先され、人的資源計画(HRP)と人的資源活用(HRU)との三位連携が未確立であることの認識不足である。課題解決を方向づける要点の第1は、地域の実情にふさわしい人的資源管理(HRM)の構築に着手することである。第2は、広く異能異才の採用・任用により、コストに見合う能力を発揮して、成果をあげることである。「自治体職員の人事管理は行政の内部専管事項である」としてきた行政中心の従来の考え方や手法は、時代の要請に不適合である。課題解決の糸口の一つは、首長のリーダーシップであり、それに与する職員の量的・質的棚卸しに基づく資質と能力の再定義からスタートすることである。
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原子力政策の国民理解にみる日韓比較
−国民への合意形成に向けた現状と課題−
森 猛
1. 序論
(1) 研究目的と意義
(2) 論文構成
2. 原子力開発の背景
(1) 原子力開発の経緯と社会性
(2) 脱原発と最近の動き
(3) 原子力と政治・政党の関係
(4) 研究課題
3. 原子力の開発体制
(1) 電力会社とメーカー
(2) 原子力立地と設備利用率
(3) 原子力人材の推移
4. 新聞報道と原子力世論
(1) 日本の新聞
(2) 韓国の新聞
5. エネルギー教育と原子力
(1) 日本の教科書
(2) 韓国の教科書
(3) 原子力関連書籍
6. 結論
(1) 比較研究の総括
(2) 日本の原子力政策への提言
(3) 将来研究
原子力の平和利用の歴史は,1953年の国連総会における米国アイゼンハワー大統領の演説「原子力の平和利用(Atoms for Peace)」に端を発する。同大統領はこの演説の中で,@ 原子力の国際管理機関の設立,A 核物質の防護体制の確立,B 原子力の平和利用の推進などを柱とする原子力の平和利用構想を明らかにし,1957年の国際原子力機関(IAEA)の設立へとつながった。
本論文は「原子力政策の国民理解にみる日韓比較」というテーマのもと,国民への合意形成に向けた日本と韓国の原子力政策の現状を考察し,課題を明らかにしたうえで日本の原子力政策に対して提言を試みることを目的としている。
日本と韓国のエネルギー事情は酷似している。日本のエネルギー自給率は4%であり,原子力を国産エネルギーに含めると20%となる。韓国のエネルギー自給率は3%で,原子力を含めると14%である。天然資源に乏しい両国は,電力の大量消費への対応,エネルギー自給率の向上,応用技術の研究開発などの観点から原子力の平和利用を積極的に推進している。また,原子力に対する反対運動が盛んな点も共通しており,新規立地をめぐる住民との合意形成には多大な労力を要している。
他方,相違点として,原子力発電所の新規建設が停滞している日本とは対象的に,韓国では2015年までに9基の新設を見込んでいる。国内の原子力政策を取巻く状況が似ているにもかかわらず「韓国が原子力発電所の新規建設をすすめられる理由は何か」,「日本の原子力政策には何が不足しているのか」,これら二つの課題を常に意識しながら議論を展開し「日本と韓国では原子力に対する国民世論がなぜ違うのか」という研究課題を導いた。
原子力がもつ全ての側面に考察を加えることは事実上不可能であり,本論では国民への合意形成に向けた社会性の観点から検証項目の重点化をはかった。具体的には,@ 原子力政策の推進者としての行政と産業界,A 情報の伝達媒体としてのメディア(新聞),及びB エネルギー・原子力教育を比較研究の対象とした。
第1段階では,産業界の視点から日本と韓国の原子力開発の現状について考察した。韓国は原子力発電会社と原子力メーカーが1社に限定され,両者が協調して行政に働きかけることで官民の協力体制がうまく機能している。また,原子力発電所の設備利用率が高く立地地域が限定されていることも,国民への合意形成に有利に働いている。
日本ではメーカーと電力会社の数が多いため,利害の対立が生じ協力関係も薄い。行政への働きかけや国民への広報活動も各社が個別に行っており,一体性のある協力体制が十分に構築されていない。こうした構図は,「もんじゅ事故」や「東京電力のトラブル隠し」など,原子力関連の事件・事故が発生した際,対応策と責任の所在が明確になっていないことでも露呈している。
第2段階では,主要メディアである新聞の原子力報道を取り上げ,世論調査の結果ともあわせて原子力に対する国民理解がどのように変化してきたのかを考察した。
日韓ともに原子力の黎明期には,原子力開発への支持も一貫していた。その後,日本ではチェルノブイリ事故に代表される原子力関連の事件,事故への反発から,メディアによる原子力への批判が強まり,原子力世論の動向にも影響を与えた。韓国では,チェルノブイリ事故の報道も限定的で,原子力世論に影響を与えることもなかった。韓国での反原子力運動が全国的な広がりをみせないのは,「原子力は必要」との意識が幅広く共有されているとともに,1990年代に入るまで言論の自由が限られて範囲でしか確保されていなかったことによる影響が大きい。
第3段階では,日本と韓国の高等学校教育における学習指導要領と教科書の記述を比較し,原子力がどのように扱われているのかを考察した。
日本の学習指導要領には原子力に関する直接的な記述はなく,教科書の記述内容としても取り上げていない出版社があった。また,取り上げている場合でも原子力に対する記述は客観的でなく,原子力に対して否定的な印象を与えるものが多かった。
韓国の教育課程(学習指導要領に相当)では原子力に関する直接的な記述があった。また,調査した全ての教科書で原子力に関する具体的な記述があり,内容に若干の違いがあったものの,賛否両論を併記した客観的な表現になっていた。
教科書ではないが,間接的な影響として韓国の原子力関連書籍の状況を調査した結果,いわゆる反原子力本が書店には殆ど置かれていないことが判明した。日本の書店では同様の書籍が多数置かれていることとは対象的である。韓国では,長年に渡った言論統制の影響からか,原子力に限らず社会問題を取り扱った書籍数が少ないのが特徴であった。
第4段階では,これまでの比較研究での考察に基づき「韓国と日本では原子力に対する国民世論がなぜ違うのか」という研究課題に対して得られた知見を総括した。
日本の原子力世論は,@ 原子力関連の事件・事故の影響,A 偏った原子力報道,B 原子力・エネルギー教育の否客観性などの影響が相互に絡み合い,原子力開発に反対する割合が賛成を上回るようになった。
韓国の原子力世論は,@ 反原子力運動の広がりが限定的,A 原子力報道および原子力教育が客観的,B 独裁政権下の言論統制が影響力を維持などにより,「原子力は必要」とする立場が多数を占めるにいたった。
韓国の原子力政策の利点すべてを日本にあてはめることはできないが,原子力を客観的に捉えるという視点は見習うべきである。日本が今後も原子力政策を改善するうえでの提言として以下の三つを示した。
@ 官民パートナーシップの強化
原子力関連産業を再編し,人材,技術,そして投資を集中させる。民間と行政とのつながりを強化し,安全と安心に配慮した一体性のある体制を構築する。
A 自主的かつ積極的な情報発信
原子力関係者が持つマスコミに対する不信感を取り除く。情報の開示,透明性の確保に対して,受身ではなく自主的に取り組む。
B エネルギー・原子力教育の充実
公共教育に使われる教科書は,客観性に焦点をあてるべきである。“原子力”に関する客観的な指導を学習指導要領に盛り込むよう働きかける。
これまでのマスコミ報道,及びエネルギー教育に関する先行研究では,これらを分野毎に個別に検証した例が多く,また,比較の対照としては原子力開発を主導した欧米先進国と比べられることが殆どであった。本論では,上記の課題を領域融合的な共通課題として考察した新しい試みであり,歴史,文化,資源など,多くの類似点を抱えている韓国を比較の対象とした。日韓の原子力政策を領域融合的に比較研究した先行事例はなく,欧米との比較では見出せなかった新たな課題を見出したことで有益であった。
一方,今回,研究対象とした課題は原子力が持つ多様な側面の一部分であり,原子力をより深く理解するにはさらに多方面にわたる考察が必要である。また同じ新聞や教科書でも,今回の考察の対象とした以外の出版社も多数存在しており,本論での指摘を説得力のある提言にするためには追加データの検証による裏付けも必要である。
今後の研究課題として,核燃料サイクルや熱核融合路(ITER)といった新しい原子力技術,核不拡散体制の現状と問題点,原子力に関連した法体系の整備などが考えられる。また,比較の対象として欧米を加えるだけでなく,中国,台湾,インドなどアジアの原子力発電諸国との比較は,本論での議論を深めることに貢献する。原子力を可能な限り客観的に捉える研究を今後も継続していきたい。
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アジア地域における高レベル放射性廃棄物政策の早期策定の必要性
−日本の果たすべき役割とは−
梶内 尚史
1. はじめに
2. 日本の高レベル放射性廃棄物政策について
(1) 東海再処理工場
(2) 六ヶ所再処理工場の設置
(3) 高レベル放射性廃棄物政策
3. アジア諸国の現状
(1) 中国
(2) 韓国
(3) 台湾
(4) インド
(5) パキスタン
(6) その他の国々
4. 欧米諸国の高レベル放射性廃棄物処分政策について
(1) フランスの政策
(2) アメリカの政策
5. アジア諸国における日本の役割
(1) 日本とアメリカの比較
(2) 日本の果たすべき役割
1. はじめに
アジア諸国では、日本、中国、韓国、台湾、インド、パキスタンそして北朝鮮が原子力発電所を既に稼動しているか建設に着手している。特に、中国、韓国は、近年において、新規原子力発電所の建設、稼動が活発である。また原子力発電所を稼動していないインドネシア、ベトナム、タイ、マレーシアなど他の国においても、原子力研究炉を稼動しており、将来原子力発電所の稼動を開始する可能性がある。原子力発電所については、従来から国際社会において、その問題点が議論されているが、日本をはじめ、アジアにおいて原子力発電所が増加していく中で、「原子力発電所から発生する廃棄物をどうするのか」という問題を、私達は優先的に考えていかなければならない。日本や中国のように、「核燃料サイクル」の実現を目指す国と、韓国や台湾のように、内外の世論の影響を強く受け、その方向性を見出せない国がある。また、インドやパキスタンのように、使用済核燃料の再処理を実施するものの、国際社会から一定の距離を置き、具体的な政策、状況の公表を差し控えている国もある。このように、「核燃料サイクル」を推進する国、その処理方法を見出せない国に、そして国際社会から一定の距離を置く国など、様々な立場が存在するアジア地域だが、高レベル放射性廃棄物に関しては、国際原子力機関(以下IAEAと略す)が策定した国際条約である「使用済燃料管理及び放射性廃棄物の安全管理に関する合同条約」に基づき、発生した国内において処分する必要がある。現在、アジア地域内において、高レベル放射性廃棄物政策を積極的にそして具体的に推進している国は、日本だけである。原子力発電所が急増しているアジア地域において、どの国も早期に自国で検討していく必要があるが、現実的には、原子力発電所の建設に手一杯であり、高レベル放射性廃棄物の処理について具体的な計画を作成する余裕がないのが現状である。しかしながら、最初処分場の選定から高レベル放射性廃棄物の処分場受入れ開始には、20から30年の時間を要すともに、膨大な費用が発生することを考えると、中間貯蔵施設が一杯になってから政策を策定するのでは遅く、事前の計画と資金準備が非常に重要となってくる。
2. 日本の高レベル放射性廃棄物政策について
2000年に制定された「核廃棄物処分法」では、処分費用の拠出制度、処分実施主体の設立、拠出金の管理を行う法人の指定等について定めており、発電用原子炉設置者に対し、処分費用に要する費用を処分の実施主体に拠出することを義務付けている。つまり、高レベル放射性廃棄物処分事業は、再処理事業と同様に民間を主体とした事業ではあるものの、事業に対して法律行政により監督と安全規制が必要であると考え、実際の事業は経済産業大臣の認可を受けた民間発意の認可法人「原子力発電環境整備機構」(以下原環機構と略す)が実施することになったのだ。原環機構は、2001年5月30日に、欧米10カ国が加盟する「放射性物質環境安全処分国際協会」(以下EDRAMと略す)に加盟し、アメリカ、イギリス、フランスといった加盟国各国と技術協力や人的交流を図っている。国内においては、2001年10月、原環機構が「特定放射性廃棄物処分の概要調査地区等の選定手順等の基本的考え方」を公表し、2002年12月より実際に調査区域の公募を市町村向けに開始した。今後のスケジュールとしては、2020年頃までの原子力発電に伴い発生すると見込まれているガラス固化体約4万本を処分するため、文献調査(文献その他の資料による概要調査地区の選定)、概要調査(ボーリング調査等の実施)、そして精密調査(地下の調査施設での測定・試験等の実施)の3つの調査を25年程度かけ実施し、処分地を決定、2033年〜2037年にかけて処分を実際に開始する予定である。処分費用は3兆円と試算されているが、時間は限られており、一刻も早く処分地を決定し、高レベル放射性廃棄物処分を実施していく必要がある。
3. アジア諸国の現状
使用済燃核料政策において、台湾、韓国が未決定だが、それ以外の国においては、再処理する方向で決定している。しかし、高レベル放射性廃棄物に関しては、中国が操業予定を明示しているが、その他の国に関しては、計画が未決定か明らかにされていないのが現状である。特に、国土面積が限定されている韓国と台湾は、候補地決定まで相当な時間を要すると予想される。また、中国においても、原子力発電所の建設に多額な費用を費やしており、最終処分場の建設まで資金が回るのか現状では不透明である。また、実際に原子力発電所を有していない国においても、研究用原子炉から発生する使用済核燃料の問題を抱えている可能性があり、早急に解決を図っていく必要がある。放射性廃棄物を含む全ての廃棄物の海洋投棄を国際的に禁止したロンドン条約、南極の氷山に埋めることを禁じた国際条約など、IAEAの国際条約以外にも、様々な制約が求められており、自国にて深地層処分する方法が現状では最適な方法となっている。しかし、アジア域内では、どの国も高レベル放射性廃棄物に関する法整備、具体的な実施計画が進んでいない。高レベル放射性廃棄物の中間貯蔵施設が満杯になる前に、高レベル放射性廃棄物の政策検討を開始していく事は非常に重要なことであり、欧米諸国、日本のように後追いで政策を立案・実行していくのではなく、原子力発電所の建設と同時に、高レベル放射性廃棄物政策を立案していく事が大切である。
4. 日本の役割
(1) 放射性物質環境安全処分国際協会と同様の組織をアジア域内に設置
高レベル放射性廃棄物の問題は、どの国も自国内にて解決を図っていく必要がある問題である。しかしながら、技術、人材など多くの問題を解決していく必要があり、その問題をEDRAMと同様の組織を設置することにより、人材交流、技術情報の交換の場として機能させていくのである。またこの機関は、第三者評価機関として、技術面、環境評価面などにおいて、評価、勧告をしていくべきである。日本は、EDRAM加盟国として、EDRAMとアジア機関との仲介役を果たすと同時に、アジア機関の中心国として、高レベル放射性廃棄物処分の重要性をこの機関を通じて説いていく必要がある。
(2) 瑞浪超深地層研究所と幌延深地層研究センターの開放
現在、瑞浪超深地層研究所と幌延深地層研究センターで、高レベル放射性廃棄物の地層処分研究開発と地層科学研究を実施する計画が進められている。この研究を日本のみで進めていくのではなく、アジア地域に開放し、アジア諸国と共同に研究を進めていくことを日本は検討していくべきである。先に述べたアジア機関の研究機関として、位置付けても良いだろう。
(3) 政策立案のアドバイザーとしての役割
原子力の平和利用推進のみを求めていくのではなく、アジア域内にて原子力を扱う全ての国が直面する高レベル放射性廃棄物の解決のために、この分野で先行する日本が、欧米諸国特にアメリカの政策、技術をアジア地域に溶け込みやすいよう変化させ、提案していくというアドバイザーとしての役割を担う必要がある。
5. 日本の課題
アジア域内において、国同士の対立があることは明白だ。この解決を図り、アジア域内にて技術、人材双方で交流および協力を推進してく事は容易なことではない。日本は、高レベル放射性廃棄物政策の先行国として公平な立場で、アジア域内各国の政策、国際的立場に配慮しながらも、この問題をアジア域内全体の問題として各国が認識し、政策立案に取組めるよう努力していくべきである。最後に、日本自身も、候補地が決定せず、高レベル放射性廃棄物政策の遅れが懸念される。日本は、アジア域内においての指導的役割を自覚し、早期に候補地を選定し、サイト調査を開始していくべきである。
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